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» 2018年10月12日 07時30分 公開

常見陽平のサラリーマン研究所:なぜか心をざわつかせる「マラソン社員」から何を学ぶのか (1/3)

SNSを見ていると、「マラソン社員」がたくさんいる。大会に当たった写真を掲載して、実際に走っている写真をアップして、その後の食事シーンも紹介する。そうした人たちから、非ランナーは何を学べるのか。

[常見陽平,ITmedia]

 9月最終週、Facebookを開くと「東京マラソン」に関する書き込みが散見された。そう、この週、2019年に開催される東京マラソンの抽選結果が発表されたのである。抽選結果メールをキャプチャした画像をアップし、「3年ぶりに当選しました。がんばります」「ダメ元で、ネタで申し込んだら当選! もうやるしかない!」「落選したけれど、2020年に向けて走り続けます!」などと、意識の高いコメントが投稿される。「いいね!」がたくさんつき、応援コメントが投稿されるのだ。

 この「友人が実は東京マラソンに応募していた」ことに、衝撃を受けた人はそれなりにいるのではないか。筆者もその1人である。

 友人の「東京マラソン参戦」投稿は、「実は友人がネトウヨだった」「新興宗教に入っていた」というような、何かこう思想・信条の秘密を知ってしまったかのような心境をもたらさないだろうか。「こいつ、マラソンをやるような奴なのか」「しかも東京マラソンか」といった感じで、何か取り残されてしまったような気がしてしまう。幼馴染が中学に入って、自分より先に異性と交際を始め、取り残されてしまったような気分になるのと似ている。

破壊力がある「マラソン社員」から何を学べるのか(写真提供:ゲッティイメージズ)

 東京マラソンはまだ、いい。日本全国のマラソンを転戦している人などは、破壊力抜群である。最終兵器は海外のマラソンだ。特にホノルルマラソンである。参戦への決意表明をして、出発する際にはエアポートおじさんに変身する。現地の様子を紹介して、無事完走したことを報告する。終わったあとには現地のビール画像をアップするなど、草が残らないほどの爆撃力である。

 あなたの周りにもマラソン社員はいないだろうか? 同僚や友人などにマラソン社員がいれば、劣等感のような、取り残され感が湧き上がってこないだろうか。

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