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» 2006年12月19日 08時00分 UPDATE

次世代ITを支える日本の「研究室」:“神業”の実現目指す量子コンピュータ研究の今 (2/3)

[増田千穂(エースラッシュ),ITmedia]

0と1が固定されない量子の「重ね合わせ」

 では、なぜそれほど並列処理が可能なのか。それは、量子力学的な世界ではそれが可能だから、というみもふたもない答えしかない。しかし、量子力学的世界の特性を利用して、さまざまな可能性を同時に処理し、その中から正しい結果を出す確率が高いアルゴリズムが作られたことが、量子コンピュータの研究を大きく推進したことは確かである。そのアルゴリズムが「Shorのアルゴリズム」だ。では、量子力学的世界というのはどういう世界なのだろうか?

 量子力学的世界は、すべての物理的存在は波と粒子の性能を持つ、という言葉で表すことができる。しかし、この「波」と「粒子」という言葉が難解だ。

 「波というのは、確率の分布が波の性質を持っているということ。だから、観測したときには粒子として1つずつが認識される。波と粒子の両方の性質を同時に持っているという表現をする研究者も多いが、それは少々語弊があると思う」と語るのは、理化学研究所フロンティア研究システム単量子操作研究グループデジタルマテリアル研究チームの客員研究員である丸山耕司氏。

 従来のデジタル処理では、1と0という属性は固定されている。しかし量子力学的な世界では、観測するまでそれが0であるのか1であるのかは、確率的にしか判断できない。0であるかもしれないし、1であるかもしれない。それが0なのか1なのかは観測して初めて確定される。

図1 量子コンピュータの特徴である波動性と粒子性

 では、観測されるまで量子の状態はどうなっているのかといえば、0である可能性と1である可能性を併せ持っている状態だ。仮に縦軸の上向きを0、下向きを1とした場合、量子の状態によっては90度倒れた「0である可能性50%、1である可能性50%」という状態があり得る。これが0と1の重ね合わせ状態だということになる。

図2 0か1かの比率は複素数であり、ベクトルで表現するなら球面上のあらゆる点の可能性を持っていることになる

 複数の量子を並べた場合、重ね合わせ状態も複数になり、非常に多くの状態を表現することになる。このさまざまな状態を少ない数で表せる状態が、並列処理に効いてくる。

画像 理化学研究所 フロンティア研究システム単量子操作研究グループデジタルマテリアル研究チーム 客員研究員の丸山耕司氏

 「量子が100個あれば10の30乗、300個あれば10の90乗という数が表せる。10の90乗個というのは全宇宙の原子の数よりも多い数字。つまり、たった300個で全宇宙の原子の数よりも大きな数が表せてしまうということになり、このおかげで猛烈な並列処理が可能になる」と丸山氏は量子コンピュータの持つ強大なパワーを表現する。

外乱から守りつつ操作することの難しさ

 理論を聞けば、なるほどと思うかもしれない。しかし、これを実際に行うのは非常に難しい。要因はいろいろあるが、まず量子系は外乱(光や熱、電磁波など外部からの物理的作用)に非常に弱いという大きな問題がある。

図3 多くの量子ビットの重ね合わせ。少ないビット数で大量の情報を同時に表現できることが、超並列処理を可能にしている

 「温度を始めとする外的要因に影響を受けやすく、固定した状態を長く維持することが難しい。そのため絶対零度の真空を作るなど、安定した環境での実験が必須になる。しかし実際には、その環境に人間が操作を加えたいわけで、この相反する要求をいかに満たすのかが大変難しい」と丸山氏は話す。

 この外乱に対する弱さが、実験の難しさにも響いている。量子ビットは観測するまで、それが0であるか1であるかは分からない。しかしそれが分からないまま、縦軸に沿って反転させよう、横軸に沿って回転させよう、という操作をすることはできる。さらにほかの量子を基準に、仮にAの量子が0だったらBの量子を1にする、といった処理も可能だ。

 「しかし、多くの量子ビットを意味のある重ね合わせにするためには、まず最初にすべてを0にするなど、基準をそろえなければならない。全体を1度に操作することも難しいが、順に操作していったときに最初に操作されたものをずっと同じ状態にしておくのも難しい」(丸山氏)

 こうしたさまざまな問題から、現在は最先端の研究でも3、4個の量子ビットを操るのが精いっぱいという状況だ。意味のある計算をするためには、少なくとも数百個の量子ビットが必要だといわれているが、それをするには「神業だとしかいえない」と丸山氏は苦笑する。

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