ERP導入で対極的な2つの事例なぜ失敗するのか(1/3 ページ)

ケーススタディの最終回は、対極的な2つの事例を通じてERP導入の際に多くの企業が抱える根本的な課題を見つめ直してみたい。

» 2008年09月09日 08時00分 公開
[岩上由高(ノークリサーチ),ITmedia]

 ケーススタディの最後で取り上げるのは卸売業である。少量多品種化が進み、卸売業もこれまで以上の業務効率改善を求められている。

 今回は医療器械・器具卸売業を営むD社とE社を取り上げる。医療器械、器具はさまざまな種類や形状が存在する。病院側で緊急を要する需要が発生する可能性があるため欠品が許されない。卸売業の確実な在庫管理と迅速な流通管理が顕著に求められる業態といえる。

 2社の事例を取り上げるには理由がある。ケーススタディの最終回である今回は、対極的な2つの事例を通じて、ERP導入の際に多くの企業が抱える根本的な課題を見つめ直してみたいのである。

 根本的な課題とは具体的に「カスタマイズが多い」「導入期間が長くなる」という2つである。当然ながらコストの増大をもたらす。そのため「ERP導入はコストが掛かる」「ERP導入は失敗が多い」という評価が下されることになる。しかし、上記の2点はあくまでも結果であって、ERP導入失敗の原因ではない。ERP導入の成否を左右する要因はどこにあるのか。

 第1回で、日本の中堅中小企業がERPを導入する際のプロセスについて解説した。ERP導入企業の多くがオフコンからの代替をきっかけにしていた。これを踏まえ、ERP導入に成功した企業と失敗した企業の分岐点を精査すると、以下の3つのポイントが見えてくる。

  • ERP構築担当会社の選択
  • 組織体制
  • 目的の明確化

 これらの3つのポイントが意味するところは後で詳しく述べる。まずは上記を踏まえながら、2社の事例を見てみよう。

中堅卸売業者 D社のプロフィール

 中堅卸売業者D社は、首都圏の総合病院への輸入医療器械・器具の販売業を営む。年商は80億円。従業員数は250人だ。一方、中堅卸売業者E社は、首都近郊の中規模病院への国産医療器械・器具の販売業を手掛ける。年商は65億円で、従業員数は180人だ。

 D社とE社は規模が若干異なるが、医療器械の販売業という点では共通している。一般的な卸売業ではないが、医療器械では各病院が在庫を持っており、それをD社やE社が管理している。こうした形態は緊急性が求められる医療の現場では珍しくない。自社だけでなく、販売先の在庫管理も要求されるという点で最も厳しい卸売業の一形態ととらえられる。

ERP導入前にD社とE社がおかれていた状況

 D社とE社はほぼ同時期にオフコンを導入し、その上に独自の在庫管理及び販売管理システムを構築した。しかし、いずれのシステムもバッチ処理をベースとしており、営業担当者が発注を受けてから納期を回答するまでには丸々一営業日を要していた。

 取引先の病院数や取り扱い点数が多くなるにつれ、両社ともバッチ処理を基本としたシステムに限界が見え始めてきた。実際、両社の営業担当者は在庫管理担当者に個別に在庫数を確認し、注文書を出した後の段階で販売管理システムへデータ入力をしていた。つまり、在庫の安全性を在庫管理担当者に頼り、システム処理を後回しにすることで整合性をとっていたのである。

D社のERP導入は失敗に

 こうした状況を踏まえ、D社ではERP導入によって現状の問題の解決に踏み切ることにした。D社が選定したのは卸売業向けでは定評のあるERPパッケージ「Z」であった。D社へオフコンベースのシステムを納品したシステムプロバイダーのF社はZの取り扱い経験はなかった。そこでD社はF社との契約を解消、ERP構築作業担当としてZの豊富な経験を持つメーカー系販社のG社を登用した。

 D社はERP導入が長期化し、コストが増える主な原因が個別カスタマイズにあることを十分承知していた。そこで導入に際してカスタマイズは一切行わないという方針を貫くことに決めた。導入プロジェクトの責任者には総務部長が専任された。D社には情報システム部門が存在せず、システムの運用管理は総務部門が管理し、実作業をF社へ委託する形態を取っていた。当初は在庫管理と販売管理の両方をERPに置き換える計画だったが、Zが持つ在庫管理のユーザーインタフェースはオフコンベースのものとは大きく異なっていた。

 在庫管理部門の部長がそれに強く反発し、オフコンベース時代の画面構成へのカスタマイズを要求したが、基本方針に従いそれは却下された。結果的に段階的導入へと方針を変更し、在庫管理は従来のオフコンベースのシステムを残すことにした。

 しかし、稼働後間もなくD社は大きなトラブルに見舞われた。在庫管理システムはオフコンベースのものを残したため、発注を受けてから納期を回答するまでに時間を要する課題は解決されないままだった。営業担当は従来の業務フローを踏襲し、発注を受けた後は在庫管理担当者に個別に在庫確認をとっていた。ERP導入前は各営業担当が個別に納期回答を行っていたが、Zには注文書を発行する機能が備わっており、G社もその機能の活用を強く推奨した。

 そこで、D社では注文書の発行はZに統一し、営業担当者が本発注の登録処理をすることによって注文書を発行できるようにした。営業担当者の強い要望により、在庫の引き当てが行われていない状態であっても手動で本発注登録ができるようにする例外処理を認めることにした。各営業担当者は個別に在庫管理担当と連絡をとっているため、プロジェクトの指揮を執る総務部長も欠品が生じてしまう可能性はないと判断した。

 この例外処理はあくまで特別な場合のために設けられたものであり、もし手動での本登録を行った場合には在庫管理システム側のバッチ処理実行時のデータを補正するなどの処理が本来は必要である。しかし、各営業担当者は従来の業務フローと同じ間隔で手動による本発注登録を多用してしまった。見栄えの良い注文書を発行でき、システム上も「在庫引き当て済み」と表示されるため、個々の営業担当者は何ら問題を感じなかったのである。

 しかし、在庫管理システム側では在庫引き当てのためのバッチ処理が走ることになる。結果的に、在庫を引き当てるはずの受注情報は既に引き当て済みになっているというデータ不整合が多発することになった。

 D社では販売管理を含むすべてのシステムをいったんオフコンベースへ戻し、計画を見直すことになった。旧来の業務フローとシステム運用を精査するため、解約したはずのF社にも別途費用を支払ってプロジェクトへ参画してもらうことになった。その結果、予算も期間も大幅に超過してしまった。

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