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» 2010年03月30日 08時00分 UPDATE

昭和大学の歯科患者ロボットは臨床教育を変えるか?

昭和大学に導入された歯科患者ロボットは、臨床教育におけるロボット活用のあり方はかくあるべきかを考えた末に誕生した“日本らしいアプローチ”だ。これにより、医療における診察スキルとコミュニケーションスキルは改善できるだろうか?

[西尾泰三,ITmedia]

 「痛いです」――治療中、医師に痛みを告げて手をばたばたさせるこの女性。歯科でよくある光景だ。遠目から見ると普通の患者だが、近づいてみるとこの女性がロボットであることが分かる。ロボットの名前は「昭和花子」、昭和大学が3月25日に報道陣に披露した歯科患者ロボットだ。会場となった昭和大学歯科病院には、海外のメディアも含め、多くの報道陣が詰めかけた。

 昭和花子は第3世代の歯科患者ロボットで、昭和大学歯学部歯科矯正学教室のほか、早稲田大学理工学術院の高西淳夫教授、工学院大学工学部機械システム工学科の高信英明准教授、そしてテムザックとの共同研究により誕生したもの。早稲田大学の高西教授といえば、同氏が師事した故・加藤一郎教授とともに、日本におけるヒューマノイド研究の第一人者として知られる(関連記事参照)

 第2世代と比べて、表皮や軟組織にそれぞれ軟質特殊樹脂やシリコン系の弾性素材を用いたほか、内部機構の耐久性を向上させた第3世代の歯科患者ロボット。身長157センチの成人女性を模して作られており、衣類や装飾品なども身につけている。顔の部分ではまぶた、眼球、あご、舌、首などに自由度を持ち、それらを操作して生体の生理的現象を再現した(昭和花子画像はこちら)

tnfig2.jpgtnfig4.jpg 昭和花子。歯の部分は抜去歯(人体から抜けた歯)ではなく、プラスチック製の人工歯で取り外しも可能。取り外しができることで、実際に行った処置を検証できるのが標準模擬患者とは異なる

 特徴的なのは、歯科臨床における標準模擬患者の振る舞いをかなり忠実に再現している点。不意な首振りやくしゃみ、むせなどの動作のほか、閉口疲労(長時間口を開けていることで、疲労により口が閉じてくる状態のこと)や嘔吐(おうと)反射も再現されている。第3世代ということもあり、数十年に及ぶロボット研究の成果がこの歯科患者ロボットにはつぎ込まれている。

 このロボットは長期間にわたる共同研究の成果であり、また、量産ではなくオーダーメードであることから、コストなどは明らかにされなかった。しかし、昭和大学では、今回導入した2体を少なくとも6年程度は利用していく考えで、また、必要に応じて追加するという。

tnfig3.jpgtnfig1.jpg デモでは医師とのあいさつにはじまり、簡単な治療を受ける中でさまざまな反応を見せた

ロボットは臨床教育に何をもたらすか

槇教授 「治療の失敗をフィードバックできるのがロボット利用の意義」と槇教授

 歯科患者ロボットは誰が使うのか――当然、歯科医師である。ではなぜ、こうしたロボットが必要なのか。先端医療分野では、ロボット工学を用いた術式なども増えているが、今回の歯科患者ロボットのポイントは、臨床教育学におけるロボット活用のあり方はかくあるべきかを考えた末に誕生した“日本らしいアプローチ”という点だ。

 昭和大学歯学部歯科矯正学教室の槇宏太郎教授は、医療の実態について、「医療も先端に行けば行くほど、徒弟制度のようなものとなってしまっている。スキルをどう伝え、どう評価するかは医療の課題」と話す。

 この発表に海外メディアも注目を示していたのは、臨床にロボットを活用しようという流れが海外では珍しいからだ。例えば、米国では歯に対する意識が非常に高い。しかし一方で、保険にも加入できず、結果として歯を治療できない低所得者層が存在する。極端な例で説明すると、米国では歯並びが悪いと低所得者と見なされることすらある。

 このため、低所得者層に標準模擬患者として臨床に貢献してもらう代わりに、治療費を免除あるいは減額するといったような社会システムが構築されている。国民が医師養成プロセスへ参画しているということもできるが、言い換えれば低所得者層が臨床という名の実験台となっているため、倫理的には難しい問題をはらんでいる。ただ、そうした是非はあれど、臨床能力の向上に役立っているのは間違いない。

 一方、日本では、歯科医師国家試験は筆記試験のみで、技能試験(実技)は用意されていない。これは医師国家試験も同様だ。これでは総合的な臨床能力の評価には不十分であるというのが臨床教育の共通認識となっており、昨今、各大学ではCBT(Computer Based Testing)やOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)といった共用試験を導入、臨床実習の前に実施して総合的な臨床能力を評価している。

 しかし、OSCEの多くが、標準模擬患者やマネキンに型どおりの診察ができれば合格できるたぐいの試験となっている点に注意したい。本来なら標準模擬患者の数を増やすことが望ましいが、模擬患者が模擬患者として振る舞えるよう育成するコストは思いのほか高額だ。かといって頭部のみの実習用マネキンでは、コミュニケーションなどの臨床能力が正しく評価できない。

 「臨床の質を担保するのは難しい。これまでは試験という形で国にゆだねてきたが、大学としてコンピタンシーを明確にする必要があると考えた」と槙教授。その具体的な動きが共用試験の導入であり、さらに歯科患者ロボットということになる。同大学歯学部の学生88人は、3月上旬に行われた学内のOSCEでこのロボットに対面、各自が12時間程度このロボットを治療した。

 昭和花子は生体の生理的現象をかなり再現してはいるが、まだ課題も残る。一番の課題は、「患者が画一的な反応を返すとは限らない」点だ。歯科治療への反応、あるいは医師とのコミュニケーションは老若男女で異なる。ソフトウェアである程度解消できる問題だが、標準模擬患者に完全に置き換わるものではないことは明らかだ。どちらかといえば、標準模擬患者と接する前の段階で、「患者と接するというのはどういうことか」を大枠でつかむためのものであるといえる。

 「医療は今後、質と安全がますます重要となるが、人間が技能を習得する際のロボット利用は有益であり、医学・歯学の教育を根源から見直すことにつながると考える。また、臨床教育という未開の地に対して、日本が世界に先駆けて行える領域であると思っている」(槙教授)

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ロボット | 医療 | 共同研究 | テムザック




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