奇跡の軌跡――ミラクル・リナックスの場合

企業にとって、ビジネスモデルの転換は非常に難しい挑戦だ。サーバOSを手掛けてきたミラクル・リナックスは、組み込みOSの領域に勢いよく切り込んでいるが、こうした業容の変化は、日本オラクルとの関係すらも見直した、文字通り「第二の創業」だった。

» 2010年08月10日 08時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 「ミラクル・リナックスは終わってしまったのか?」――記者は1年ほど前、こんな記事を書いた。2000年代以降、雨後のタケノコのように乱立していたLinuxディストリビューターは、10年たって勝ち組と負け組がはっきりとしてきた。サーバOSという観点で見れば、Red Hatの一人勝ちであり、市場から退場を余儀なくされたLinuxディストリビューターも少なくない。ミラクル・リナックスも同様の道を進むのではないかと考えていた。

今回発表したSTBは台湾ベンダーのハードウェアを利用している。「独自のハードウェアを作るのは在庫のリスクなどもある。ハードウェアはハードウェアベンダーに任せ、連携の道を探るというのがよいと考えている」と児玉氏は話している

 2008年7月に同社代表取締役社長最高経営責任者に就任した児玉崇氏は、就任直後から「現状のままでもある程度の利益が出るとはいえ、Linuxのディストリビューションで利益を継続的に出していくのは難しい」と唱えていた。それは、「サーバOSを手掛けるに当たって必ず引っかかっていた問題は、サーティフィケーション。ハードウェアのサーティフィケーションがないために提案で負けてしまうケースも多々あった。こうした経験は、『サーティフィケーションがない領域を探していかないと利益にはならない』」という教訓をすでに得ていたからだ。

 この教訓を踏まえ、新たな収益の柱として投資を進めてきたのが、組み込みの領域。2010年7月には、デジタルサイネージ専用STB「MIRACLE VISUAL STATION」の提供を開始するなど、“OS屋”というスタンスは守りつつ、ミドルウェアまで含めたプラットフォームベンダーへと業容をゆっくりと変化させてきた。この領域では後発のプレーヤーだが、「Linuxディストリビューションを作れること」「Linuxカーネルをいじれること」そして「サポート力」という自社の強みと、これまで蓄積してきたIntelのAtomプロセッサに対する深い理解をアドバンテージとし、組み込みの領域へと勢いよく切り込んでいる。

オフィスサイネージと自動販売機への組み込みを狙う

MeeGoやAndroidなどのプラットフォームもサポートしているのが目を引く

 では、組み込み市場の中で、デジタルサイネージにどれほどのポテンシャルがあるのだろうか。児玉氏は、「看板的なデジタルサイネージのビジネスは広告代理店が強い領域であり、そこに入っていくのは難しい」と話し、ビジネス利用が伸びが市場の成長には欠かせないという。

 デジタルサイネージのビジネス利用として、児玉氏が注目しているのが「オフィスサイネージ」。企業における“内向き”の情報発信にデジタルサイネージを応用する部分に期待を寄せる。この場合、コンテンツを配信するサーバや、情報システムとのインテグレーションなど、これまでのサーバOSビジネスで培ってきたノウハウやシステムインテグレーターとの関係を生かしながらデジタルサイネージを展開していくことができる。

 まずはデジタルサイネージの領域で新たなビジネスの芽を育てていこうとする同社だが、デジタルサイネージは組み込みOSの適用領域の1つでしかないと児玉氏。現在注目しているのは、「自動販売機」だという。日本は500万台以上の自動販売機が稼働する世界でも珍しい国だが、その自動販売機をデジタルサイネージと組み合わせるソリューションは、Intelなども興味を示しており、これから数年の内に大きな動きがあるとみられる。成熟してきたAtomの適用も予想されるこの分野をしっかりと抑えたいという考えだ。

 また、Asianuxへの取り組みの中で構築した販路などを利用すれば、アジア圏における展開も期待できるが、「実際にマーケットの話を聞くと、デジタルサイネージは日本だけが非常に進んでおり、例えば中国では主に価格面からビジネスとしては難しい状況」と話し、安易な拡大戦略には否定的だ。ただし、台湾のメーカーと話をする中で、必ず話題に上がるロシアの市場の有望性には注目していると明かす。この6月、Cisco Systemsがロシアに10億ドルを投資する計画を発表しているが、これもこうした事情を反映しているのだろうと児玉氏は読んでいる。

 大手ベンダーを除けば、サーバOSと組み込みOSの両方を理解しているベンダーはほとんど存在しない。何しろ両者の間には意外に深い溝があるからだ。ミラクル・リナックスは、技術的にはそうしたベンダーになるポテンシャルがある。しかし、組み込みOS「Vxworks」を武器に組み込みの業界で名をはせるWind River Systemsが、いわゆるIT業界では知名度が低かったように、IT業界で知名度も高いミラクル・リナックスが、組み込みの業界で知られているとは限らない。そのため、組み込み業界での知名度向上は同社の重点課題だ。

日本オラクルとは資本関係もなくした

 同社の業容が変化していく中、注目したいのは日本オラクルとの関係だ。上述したように、同社の設立にはOracle、あるいはその日本法人である日本オラクルが深く関係している。日本オラクルはミラクル・リナックスの筆頭株主であり、ミラクル・リナックスはその影響を強く受けると考えられるだけに、ここまで述べてきたような業容の変化に対し、日本オラクルとどのような合意があるのか気になるところだ。

 児玉氏に日本オラクルとの関係について聞くと、「2年くらいすり合わせを試みたが、わたしたちが目指す方向とは違うため、Oracle本社でプレゼンテーションし、その結果、『お別れしましょう』ということになりました」と明かす。

 Oracleからすれば、Linuxに関する高い技術力を有するミラクル・リナックスを吸収するというオプションも採り得たはずだし、もしそのオプションが選択されていれば、ミラクル・リナックスがそれにあらがうすべはなかった。

 そこまで行かずとも、日本オラクルからすれば資本を少し残すなどのオプションもあり得たが、児玉氏は中途半端な状態を望ましいとは考えていなかった。「最終的にOracleが取り得る選択としては『吸収するか、別れるか』だった」と当時を振り返り、“熱意と根性”が後者の選択を合意に至らせたのだと話す。児玉氏が元日本オラクルだったことを考慮しても、相当タフな交渉だったはずだ。これはもうある種の奇跡だといってもよい。

 こうした経緯で、同社の現在の株主構成に日本オラクルの名前はない。しかし、それ故にLinuxの適用領域を積極的に考えられるポジションを得たともいえる。この軌跡の先にあるのは、Linuxディストリビューターの新しい姿なのだろうか。児玉氏の手腕に引き続き注目したい。

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