直売率99%、栃木の「阿部梨園」が経営改善のノウハウを無償で公開し続ける理由【特集】Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜(3/5 ページ)

» 2019年03月18日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

 阿部さんはAirレジやAirペイ以外にも、さまざまなITサービスを導入している。会計や人事労務管理には「freee」、請求書作成ソフトの「Misoca」、タスク管理には「Trello」を使っているという。

 「あとは、サイボウズの『kintone』を入れたいですね。注文や生産のデータを、Excelじゃなくてデータベースで管理したいんです。農業経営って、ワークフローがそこまで複雑じゃないので、1つのプラットフォームに載せれば、大体の業務が何とかなるんじゃないかと考えています」(佐川さん)

 こうしたツールは、企業における導入事例は多数あるものの、「農家」が導入したという事例はほぼないと言っても過言ではない。佐川さんは一つ一つのツールを調べ、梨園の業務に合うかどうかを確かめていった。農家におけるITツールの活用事例がほとんどない――この課題感は、阿部梨園のノウハウを無償で公開するWebサイト「阿部梨園の知恵袋」へとつながっていく。

阿部梨園のノウハウを「無償」で公開した理由とは?

 阿部梨園でさまざまな施策を成功させた佐川さんだったが、阿部さんの紹介などで、他の農家から、経営について相談される機会が徐々に増えていったという。ヘビーな相談もあったことから、途中からお金をもらい、仕事として引き受けるようになった。始めは農家ごとにアドバイスをしていた佐川さんだったが、次第に彼らが阿部梨園での実例を知りたがっていることに気付く。

 「同じ事例を毎度話すのは時間がもったいないですし、逆に来ていただくのも申し訳ない。ノウハウをどこかにまとめておけば、いろいろな農家の役に立つんじゃないかと考えました。とはいえ、農家は形にならないものにお金を払う習慣がないので、有料の情報商材ではまず流通しません。無償でやるならインターネットがぴったりです。もともと阿部梨園のWebページに、SaaSサービスなどを活用した際にレポートを載せていたこともあり、それを拡大させる方向で話を進めました」(佐川さん)

photo 阿部梨園のWebページ

 多くの人の役に立つとはいえ、自社のノウハウや差別化要因を公開するというのは多少なりとも抵抗があるはずだ。オーナーの阿部さんも最初はぴんと来ていなかったが、ノウハウを公開するメリットを説明し、認めてくれたという。

 「やはりノウハウは企業秘密みたいなところがありますし、阿部からすれば、そのために給料を払ってきたわけで、周りにまねされる抵抗はあったはずです。ただ、阿部自身も千葉など他の産地との交流が増えてくる中で、栃木全体の梨業界を盛り上げていこうという考えが出てきたこともあり、無事に話が通りました」(佐川さん)

 とはいえ、無償で情報を出すと言っても、情報をまとめる佐川さんの労力は必要だ。そこでクラウドファンディングサイトの「CAMPFIRE」で資金を募集することにした。2017年時点で佐川さんがためてきた業務改善のノウハウは約500件。その中で他の農家でも使える汎用性の高いネタが約300件あった。そのうち100件を公開することにして、100万円を募集したところ、たった1週間で資金が集まってしまったという。

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