営業部門との協働で推進するナレッジマネジメント──マーケティングと融合する情報化戦略としてのKM(その1)情報マネージャのためのナレッジマネジメント実践講座(4)

多くの会社で「営業改革」は大きな課題だ。ナレッジマネジメント(KM)は営業改革を実現するための方法でもある。ここではマーケティング、営業との協働という意味でのKMについて見ていこう

» 2004年05月27日 12時00分 公開
[加治 達也,@IT]

 今回は、より実践的な観点から、「マーケティング部門、営業部門で推進されるナレッジマネジメントに対して、情報システム部門がいかに携わるべきか」という課題にフォーカスを当てたい。

 多くの企業が業績回復や業績アップのために最も注目している課題が「営業改革」である。この傾向は近年ますます高まっているが、この「営業改革」を実現するためにも、実はナレッジマネジメント実践が欠かせない。そこで、営業部門と情報システム部門が協働し、KMを推進する際の実践のポイントを中心に論を進める。

自社の経営戦略の性質を再確認する

 まず、自社の経営戦略の性質を再確認する必要がある。なぜなら、経営戦略に適合したKMの進め方が成功の鍵を握るからだ。マイケル・E・ポーターは、彼の著書『競争の戦略』(ダイヤモンド社)において、企業が競争に勝つために選択する「3つの基本戦略」を提唱している。

  • コストリーダーシップ戦略
  • 差別化戦略
  • (特定のセグメントへの)集中戦略

 それによると、ビジネスで成功を目指す企業は、「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦略」の2つのうち、どちらかに重点を置いている。「(特定のセグメントへの)集中戦略」は、より狭い市場を選び競争をなるべく回避する戦略で、先の2戦略のどちらかを選択する企業、あるいはどちらも選択しない企業にあてはまる戦略という位置付けだ。

価格で勝負する「コストリーダーシップ戦略」

 コストリーダーシップ戦略は、低コスト・低価格の戦略である。この戦略に重点を置く企業は、徹底的に低コストを推進し価格を下げ、利益幅は微小であるが販売量を増やし利益を獲得するタイプであり、価格による競争優位を築いている企業だ。このタイプの企業は激しい価格競争にさらされているのではないだろうか。

 もし自社がこのタイプに該当するようであれば、KMの実践については、慎重に検討しなければならない。KMを実践するとなると、利益の源泉となっている低コストに悪影響を及ぼす恐れがあるからだ。中長期的にこのコストリーダーシップ戦略に重点を置いているのであれば、KMの実践よりも、経験効果(企業は製造などの経験を積むごとにコストを下げる機会を得る)による効率化をさらに進めるために情報システム部門としてできることを考え、コスト構造を改善する。もしくは、より慎重に、コストパフォーマンスの高いKMの実践が求められるのではないだろうか。

付加価値で勝負する「差別化戦略」

 一方、差別化戦略は、価格以外の要因(性能、デザイン、スタイル、サービス、ブランド、流通チャネル……)を差別化要因として重視し、競争優位を確立する戦略である。差別化戦略を支える要因は、無形/有形を問わない。この戦略に重点を置く企業は、コストを下げることよりも、顧客に受容されるだけの高い価格を維持できるための差別化が日常的な課題となっている。決してコストを無視しているわけではないが、市場でのポジションを築き、顧客に選ばれる商品もしくはサービスであり続けることで、利益を享受することに注力する戦略である。

 このタイプの企業は、差別化戦略を進める手段として、ナレッジマネジメントを実践することができる。ナレッジマネジメントが緊急課題として位置付けられている企業に、差別化戦略の企業が多いのはこのためだ。

KMのコンセプト誕生に秘められたヒント

 営業改革、営業力強化を目的としたKMの実践に関するヒントは、KMというコンセプトのルーツや発展過程にみることができる。

 KMのコンセプトは、1980年代の不況期にあった米国で誕生したといわれている。当時の米国では、市場で力を持っていた日本企業の「日本的経営」に対する研究が盛んに行われた。日本企業は、品質も高く、低価格であることから、広く市場に受け入れられていた。

 そこで、米国の企業では(特に差別化戦略に重点を置く企業を中心に)、“品質”に対する議論が活発化するとともに、業績を回復させるための経営手法を探るべく、さまざまな試みがされたといわれている。

 そうした中、登場してきたキーワードが、“ナレッジ”であった。ナレッジこそが(日本企業において)“品質”を高め、“価値”を生み出す源泉なのだ、という議論であった。

 とはいえ、研究対象とされた当時の日本企業の“経営”の質や水準が決して高いレベルにあったというわけではないことは、現在の低迷から脱出できない状況が証明しているのではないだろうか。欧米企業は、日本企業の“経営”が抱えている弱点を見出し、警告を発している。

販売低迷の原因と競争優位との関係

 商品やサービスのスペックや価格に関する情報は、顧客にとって重要な購買決定要因である。価格競争に陥り、技術の進展によって大衆化した商品やサービスについて、安さが当たり前になってくると、顧客は低価格の魅力では満足しなくなってくる。低価格を選択しない顧客であっても、「品質や特長がニーズやウォンツに合致しない」「そこまでの性能は求めていない」「安くなるまでもう少し待つ」「ほかのジャンルの商品で代替する」などなど、購買行動はさまざまに変化する。

 購買の満足を高めるために顧客はこれまで以上に、商品やサービスそのものの魅力に注目したり、“低価格商品”の購買と“低価格ではないこだわりの商品”の購買を、感覚的に使い分けたりする。顧客は購買によって得られる満足は必ずしも物質的なものでないことを、少なからず理解している。つまり、その商品やサービスに接する、購入する、所有することによって得られる“気分”のような目に見えにくい要因も見逃せないのである。この目に見えにくい無形の差別化要因は、広告やプロモーションなどのマーケティングの現場で生成されていることが多い。

 また、目に見える差別化要因である品質や価格による差別化ができなくなってくると、“気分”のような目に見えにくい要因も含め、そもそもその商品やサービスには「どんな魅力があるのか?」を改めて問い直す必要がある。つまり、“競争優位”を見直し、必要であれば新たな“競争優位”を見出すことが重要になってくる。そして、営業部門ではその“競争優位”となる情報やナレッジを“営業の武器”として活用し、営業活動を行うことが求められるのである。

“競争優位”を軸にしたKMの実践を

 “競争優位”と“営業の武器”の接点を見出すことができれば、KM実践の道筋が見えてくる。もちろん、マーケティング現場で生成される無形の差別化要因をまだ見ぬ宝の山として眠らせておくわけにはいかない。また、“競争優位”から導き出される課題解決の道筋は、営業部門以外の事業部門にも当てはまることが多いと思われる。

 “競争優位”を軸としてKMを実践すると、KMが果たす役割や効果がより明確となる。方法によっては期待以上の成果を創出するかもしれないといえる。つまり、無計画に営業現場の情報/ナレッジ共有を進めるのではなく、マクロ的/ミクロ的な視点で課題を抽出することが重要なのだ。付け加えると、漠然と(無計画に)営業現場でのナレッジ共有 を進めてしまっては、ROIの算出も難しさを増すことになる。

 さらに、コストリーダーシップ戦略にも、差別化戦略にも重点を置いていない企業は、特定のセグメントへの集中戦略を選択しているのでないかと思われる。ニッチ市場(細分化した狭い市場。地域を特定する“地域密着”も含む)に集中することで、競争を回避し、利益を得る戦略である。つまり、最優先となってくるのは、集中戦略に関する情報やナレッジを活用することである。このことは、集中戦略を選択する、コストリーダーシップ戦略の企業、差別化戦略の企業にもあてはまる。

“競争優位となる情報やナレッジ”の不足

 KMの実践事例を拝見すると、現場のナレッジ共有しか行っていないが、実は前述の“競争優位”の源泉となるナレッジの活用が求められているのでは?と推測できる例も多い。

 実際にマーケティング部門、営業部門でナレッジを活用できる環境を構築するためには、“競争優位”となる情報やナレッジが持つ、構造的な側面が見逃せない。図にすると次のように表すことができる(図1)。

ナレッジマネジメント関連のIT製品は、ナレッジ共有/ナレッジ活用に特化しているものが多い
図1 企業におけるナレッジ構造

 図1は、企業におけるナレッジの構造について、“競争優位”を切り口として表しているものだが、実際にナレッジをこの分類に当てはめようとすると、「情報構造の整理・体系化」という作業が必要となる。KMを実践している多くの人たちは、情報の構造化のことをタクソノミー(taxonomy:分類)と呼んでいる。KMを実践する上で欠かせないのがこのタクソノミーであり、推進担当者の力量が試される場面だ。

 営業マンにとっては、どの階層のナレッジも必要であることはご理解いただけるであろう。例えば、営業部門のコンディションの把握のために、損益計算書などを用いた財務諸表分析を行うことも有用である(財務諸表分析を行う際には最低限、コストリーダーシップ戦略であれば「商品回転率(=売上高/商品×100%)」、差別化戦略であれば「資本利益率(=利益/資本×100%)」に注目してほしい)。しかし残念ながら、“競争優位”を軸に設計されたKM関連ITソリューションは少ない。

 マーケティング部門、営業部門との協働で進めるKMといっても、企業ごとに戦略は異っているので、その性質の違いから、実践方法や優先順位がかなり変わってくることがご理解いただけたのではないだろうか。

 また、最近では、“ナレッジ”の利用目的は、「社内外コミュニケーションの核として」「売上、営業利益アップのため」など、ブランド戦略(コーポレート、プロダクト)、マーケティング戦略、営業戦略の課題解決策としても注目を集めてきている。次回は、営業現場のKM実践に欠かせない、「ナレッジのストックとフローの性質」というテーマで、もう少し掘り下げてみたい。

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Profile

加治 達也(かじ たつや)

株式会社電通ワンダーマン

SIerなどを経て株式会社電通ワンダーマンに。同社のナレッジマネジメント部門専任のSEとして、組織の立ち上げ時より従事。現在はCRM、ナレッジマネジメントを中心に、コンサルティングおよびシステム開発・構築などを担当している。


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