現場を“ナレッジ武装”させる部門レベルのKM推進──KMプロジェクトの推進手順とシステム投資(その2)情報マネージャのためのナレッジマネジメント実践講座(3)

ナレッジマネジメント(KM)は全社的なプロジェクトとして取り組む方法のほかに、部門レベルで導入するやり方もある。その際のポイントを見ていこう

» 2004年04月10日 12時00分 公開
[加治 達也,@IT]

 前回(「全社レベルのナレッジマネジメントの推進」)では、戦略マネジメントによる大規模組織へのKMプロジェクト推進手順の概要を示した。今回は課題に直面する現場部門に対するソリューションとしてKMを展開する場合のポイントと、システム投資について述べていこう。

「緊急課題対応」のために推進される部分最適化としてのKM

情報システム部門と他部門の連携によるKMの実践

 景気低迷期において、各社が解決しなければならない課題はその緊急性(売上総額、営業利益の増加など)から考えて、部門レベルでの課題を優先すべき場合が多く見られる。では、現場での緊急課題となる例はどんなものなのか、以下ご紹介する。

(1)営業部門の例

 営業訪問は計画的にできているが、なかなか受注に結び付かない。情報化の進んだ現代では、顧客(クライアント)の方が自社の営業マンよりも知識を持っていることも少なくない。ナレッジによる武装をしていない営業マンは、受注できない、競合に勝てない、仕事につながらない。

 そうした状況の中、情報システム部門の担当者は相談を受けた。聞いてみると、顧客に「他社とどう違うのか?」「この商品/サービスのメリットは?」と聞かれて、顧客の想像範囲内の回答しかできず、納得が得られず、鋭い質問でバッサリと切られてしまっている状態だという。営業マンとして優秀であるかどうかという資質を見る以前に、“ナレッジ武装”が最低限必要なのだ、ということに気付かされるのであった。

(2)企画/マーケティング部門の例

 企画/マーケティング部門においては、高額な費用や時間をかけて実施した調査結果が担当者のPCやファイルサーバにしまわれてしまい、共有されていない状態も少なくない。別の担当者が類似のテーマで企画を行う場合、再度調査を行おうとしたり、調査データの裏付けがないまま企画を進めたりという、非効率や内容的なレベル低下が発生する。急な提案依頼で完熟していない企画書を提出したとする。すると、顧客(クライアント)や社内の依頼者から、「この企画、良いと思うけど、思い付きのレベルを出ていない気がするよ。プロジェクトの投資対効果はどう見積もっている?」などといわれ散々な結果になるケースだ。

 それらが明らかに「ナレッジ不足や情報洪水、情報が整理されていない」「整理はされているが、再利用を前提としてナレッジを積み上げていない」などの原因により、機能不全を起こしているとしたら緊急事態だ。なぜなら、企画/マーケティング部門の成果は、顧客獲得、顧客維持のベースとなり、収益や営業部門などにも影響を与え、やがて業績そのものにインパクトを与えることになるからだ。

KMの本質理解を前提としたシステム投資が求められている

 こうした課題に対して、情報マネージャはどう解決策を提示することができるのかを考えてみよう。やはり必要となるのは、“適切な人へ、適切な情報やナレッジを、適切なタイミングで提供すること”である。そして、利用者の課題解決をもたらしてくれる情報やナレッジは、良質なものでなければならず、そこに付加価値を見いだすことができるものが中心となる。

 しかし、この場合のシステムは、多機能であることや最新技術で固められる必要はない。なぜなら、そのシステムに格納される“ナレッジ”こそが、主役であるからだ。システム面で重要なことは、部門レベルに見合う規模であることと、“ナレッジ”を蓄積し、活用していく良循環を作り出すことだ。クライアント/サーバ型構成で極端な最適化を進める必要もないし、メタファー(比喩的表現)が多く使われたデザインである必要もない。シンプルかつ柔軟であることが求められる。ユーザー・ニーズによって変更や修正が簡単に行えるWebベースのシステムである方が扱いやすいのは明らかだ。

部門レベルのKMを強力に推進する“ナレッジポータル”

 前述した良質ナレッジの蓄積・活用を主としたWebベースのポータルサイトは、“ナレッジポータル”と呼ばれる。良質なナレッジの提供を最大の強みとしており、コミュニケーション、コラボレーションも支援する。このナレッジポータルを部門レベルで当てはめて考えると、営業部門向けは営業支援型ナレッジポータルとなり、企画/マーケティング部門向けは企画支援型ナレッジポータルとなる。

 ナレッジポータルの構築は、システム投資全体を考える中でもポイントとなるのではないだろうか。投資額はさほど高くなく、ユーザー部門が抱える緊急課題を解決できるかどうかは、やり方次第である。その意味では情報をマネジメントするプロとしての腕が問われるものであり、システム単体の課題というよりも、ナレッジを生成したり、フィードバックしたりする仕組みを作ることを含めたソリューション提供という視点が重要となってくる。

 一番問題となりやすいのがナレッジの供給体制であるが、例えばこれは、選抜した社員を講師とした研修を行うことや、各種会議体での発表など、内的施策を組み合わせることで解決できる。さらに重要なのはKMプロジェクトのメンバーは、情報システム部門だけで構成せず、各部門を巻き込み、部門横断プロジェクトとしてスタートすることだ。情報システム部門が理解できるコンテンツを扱うだけの時代は、もはや終わったといえるのではないだろうか。

 事例を見る限りでは、1〜150名程度の規模の企業であれば、各部門の人数はかなり限定されてくるので、各部門に合わせて個別のポータルサイトを構築するよりも、全社ポータルをうまく利用し、その中で部門ポータルを構成することが、ユーザーの利便性につながるだろう。さらに、ナレッジの適切性を考慮すると、ナレッジポータルの対象人数は、EIPのように無制限に使えるものにはならないだろう。最適な人へ、最適ナレッジを提供するためには、企業規模や部門所属人数に合わせてポータルを設計する必要があるといえよう。

 以下、ナレッジポータル導入のポイントをご紹介する。

ナレッジポータル導入のポイント

1.ナレッジポータルを利用したユーザーをがっかりさせないこと

 できるだけユーザーの期待に応えられるシステムを導入することが重要となる。ユーザーが欲しいと思うナレッジは、ある程度見当がつく場合もある。一方、まったく知らない良質なナレッジを発見したいというニーズがあるかもしれない。いずれにしても、質を重視したいところだ。

2.ユーザーの視点で企画すること

 ユーザーは使いたくても、使いづらいシステムでは使わなくなる。あまり使えないものしか格納されていなかったとすると、もう使うことはなくなるだろう。ユーザーの立場に立って、システム導入を企画し、効果が上がるまではケアし続ける根気が必要となる。

3.ナレッジによる差別化や競争優位をどう生み出すかを考えること

 一番難しいことかもしれないが、情報化社会となった現代において、自社の差別化や競争優位を生み出すナレッジについて考察しなければならない。何を持っていて、何が足りないかを知るところから始まる。提案書のフォーマットや業務マニュアルも、確かに意味があり効率化につながるが、それだけでは「勝てる! 稼げる!」には結び付かないことも多い。

4.ナレッジを創造するプロセスをイメージすること

 分かりやすい例では、「模造」→「改造」→「創造」のプロセスというものがある。まずは真似をして、それから自分なりに手を加えてみる。そしてそのナレッジをコントロールするスキルが付いたころには、新たなナレッジを創造できる状況になっている、という具合だ。

5.ナレッジというものは、その内容を理解するために、一定の経験やスキルが必要

 ナレッジは、そのナレッジを構成する背景情報や結果情報、そこから得られた洞察などが盛り込まれていなければ、汎用的なものにはなりにくい。もし、若手従業員にもバリバリとナレッジを使いこなしてほしいのであれば、これらの情報の必要性は、ますます高くなる。


前回と今回は、KMプロジェクトの推進手順とシステム投資を考えるうえでのポイントをご紹介した。情報をマネジメントすることにいかに向き合い、そのうえで技術やスキルをどう発揮するかという課題に対して、少しでも貢献できれば幸いである。次回は、デフレ経済と情報化社会の今日において最も注目されている課題ともいえる、「営業部門と協働して推進するKMの実践」についてご紹介する。


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Profile

加治 達也(かじ たつや)

株式会社電通ワンダーマン

SIerなどを経て株式会社電通ワンダーマンに。同社のナレッジマネジメント部門専任のSEとして、組織の立ち上げ時より従事。現在はCRM、ナレッジマネジメントを中心に、コンサルティングおよびシステム開発・構築などを担当している。


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