ナレッジマネジメント(KM)プロジェクトは情報システムの課題というよりは、社内の情報・ナレッジの創造と流れをどのように設計するかという問題だ。では、どのようなアプローチでプロジェクトを推進すればよいのだろうか。
前回(「情報システム部門は“情報”に帰れ」)は、情報マネージャとして、ナレッジマネジメントをどう理解すればよいか、そもそも情報システム部門が中心となって取り組むべき課題なのか、という観点で論を進めた。結論としては、ナレッジマネジメントが企業の情報化戦略の中核に位置付けられるべきであり、情報システム部門が本気で取り組まなければならないテーマだということ。さらには、効率化に傾倒し過ぎているのであればそれを改め、“情報”の価値を見直し、そしてそれらをどう蓄積し、活用し、流通させていくかなどを、企業が競争に打ち勝つ力を持つために最適化していくこと。これらは、情報システム部門および情報マネージャが果たす責務ではないか、ということがご理解いただけたのではないだろうか。
さて、今回と次回では、より実践的な視点で、KMプロジェクトの推進手順および、システム投資に触れていきたい。
ナレッジマネジメントを推進するうえで、対象範囲をどう設定するかという問題は非常に重要だ。一気に全社を対象とするのか、特定の部門を対象として始めていくのかという判断となる。全社レベルの実施であれば、“全体最適化”を意識することになるし、部門レベルでは“部分最適化”を意識することになる。全社レベルと部門レベルでは、推進手順がまったく違うということはないが、実際の変革プロセスや成果を考えると、スピード感がかなり異なってくる。全体最適化を強く意識する全社レベルのナレッジマネジメントの推進手順は“戦略的”と分類され、部分最適化を強く意識する部門レベルでの推進手順は“戦術的”であるといえる。つまり、戦略的か戦術的かということによって、対象範囲やスピード感、意思決定の利害関係者が異なってくる。それらを簡単に整理すると以下のとおりとなる。
<戦略的> | <戦術的> | |
---|---|---|
期間 | 中長期 | 短期 |
形態 | 目的/目標 | 手段/方法 |
意思決定 | トップマネジメント | ミドルマネジメント |
中心課題 | 構造面 | プロセス面 |
アプローチ | 外部環境志向 | 内部環境志向 |
表1 “戦略的”と“戦術的” |
まずは、全社レベルでのナレッジマネジメントの推進プロセスを考える。ここでは「戦略マネジメント(strategic management)」を推奨したい。特にナレッジマネジメントに限った推進プロセスではないが、ナレッジマネジメントの計画と結果の妥当性を常に評価し、継続性や環境変化への対応などを考慮すると、全社レベルでのKM推進プロセスとしては適していると考えられる。このほかにもバランスト・スコアカード(balanced score card)や、ABM(activity-based management)など、ナレッジマネジメントの推進プロセスとして応用可能な手法はいくつかあるが、情報マネージャの得意領域(財務、人事/組織など)に合わせて取り入れるのがスタートしやすいのではないだろうか。
・ 環境分析(environmental analysis)
戦略策定や実行に必要となる、情報収集と組織内外の要因分析を行う。
・ 組織の方向性確立(establishing organizational direction)
組織の目標やミッションを設定、確認、修正を行う。
・ 戦略策定(strategy formulation)
組織目標の達成に適している行動指針を決定する。
・ 戦略実行(strategy implementation)
決定された戦略を具体的に実施する。
・ 戦略的コントロール(strategic control)
戦略そのものや戦略実行が環境の変化によって陳腐化しないよう適正化を行う。
図2 戦略マネジメント・プロセス (出所)Samuel C. Certo and J. Paul Peter, Strategic Management: A Focus on Process, New York: McGraw-Hill, 1990 |
ここで重要となってくるのが、ベースとなる情報収集と分析を行う「環境分析」だが、環境分析とは、外部環境と内部環境の要因分析を行うことである。要件を整理すると、次のような分析要件が代表的なものとして挙げられる。
図3 環境分析 (出所)デビット・アーカー著、今枝 昌宏訳 「戦略立案ハンドブック」東洋経済新報社 2002 |
これらの環境分析を行うだけでも、相当な体力が必要となることがご理解いただけるだろう。全社レベルでナレッジマネジメントの推進を考えるならば、全社的な統一感のある展開が求められるため、これらの分析を行う際は、経営企画部門や経営管理部門と協働して進めることが必要となる。
また、「誰が、いつ、どこで、どんなナレッジを必要としているのか」という観点から掘り下げて、価値あるナレッジを提供するシステムの導入を考えるとなると、実際のユーザーとなる対象者へのヒアリングも必要となる。ここでは、ユーザーへのヒアリングについて、比較的しっかりと調査を実施したA社の例をご紹介したい。
A社では、以前から情報やナレッジを利用できる環境があった。イントラネット上によくある、情報ポータルがそれだ。しかし、A社では「勝てる、稼げる、価値がある」をテーマに、ナレッジをさらに活用したいと考えていた。そのためには、ナレッジをより使いやすくし、また充実させる必要があった。そこで、ユーザーを各部門から3名ずつ部門長指名の下に選出し、ヒアリングを行うこととなった。3名の構成は、若手社員、中堅社員、ベテラン社員といった形である。
彼らユーザー代表に対して、ヒアリングを実施してテキストマイニングを行い、傾向を分析した。「入社したばかりの社員のニーズはどうなっているか?」「中堅社員はナレッジに対してどう考えているのか?」「利用されるタイミングはどういう状況か?」……などである。その分析結果は、その後のナレッジマネジメント関連システムの開発の方向性を裏付けるものとなった。
A社の事例のポイントを解説すると、「組織と人は、効率化と価値創造をいかにして実現していくか?」がテーマであることが抽出できた。組織や人が求めているものは、サイズや粒度の違いはあれ、共通しているということである。また、“効率化”を言い換えると、「ある“型”を使って無駄を省き、スピードアップをする」ということになる。これと対極にあるのが“価値創造”である。確かに効率化によって創造される価値はあるが、ここでの価値創造は少し違った意味合いだ。前述の効率化とは異なり、「スピードアップよりも、これまでなかった新たな価値を創り出すことが要求され、そのためには“型”を使うかどうかは問わない」といった内容だ。そして業務で求められるのは、それぞれの人や組織がその局面に応じた、効率化と価値創造が選択できることなのである。
A社が学習したポイントでもう1つ重要なものがある。ナレッジを提供するシステムとは、全員がいつも使ってくれるものではない、という点だ。つまり、必要な人が、必要なナレッジを、必要なタイミングで使うということである。
少し話を戻すと、前述のヒアリング結果の裏付けを得たシステム開発の方向性を基に、A社ではシステム化要件を設定し、システム設計、カテゴリ設計、Webデザイン、ユーザービリティ設計などを行うことになったのである。
しかし、これらのナレッジマネジメントの推進プロセスは、短期間で終わることが難しい。現場での緊急課題の解決を急がれるのであれば、部門レベルでの展開を優先的に考えることをお勧めする。次回は、その点について述べていこう。
この記事に対するご意見をお寄せください managemail@atmarkit.co.jp
加治 達也(かじ たつや)
SIerなどを経て株式会社電通ワンダーマンに。同社のナレッジマネジメント部門専任のSEとして、組織の立ち上げ時より従事。現在はCRM、ナレッジマネジメントを中心に、コンサルティングおよびシステム開発・構築などを担当している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.