自社に必要十分な要件定義を考える企業システム戦略の基礎知識(3)(2/2 ページ)

» 2005年01月28日 12時00分 公開
[青島 弘幸,@IT]
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シンプル・イズ・ザ・ベスト

 人間系と機械系を合わせたシステムとしての全体系に対して、もうけるための「要件」を、じっくりと、知恵を絞って考えなければならないと述べたが、考えれば考えるほど難しくなってくる。これは、人間系が本来持つ複雑さがあるからにほかならない。そのため、機械系だけを見て、要件を決めようとする傾向にある。特に、業者に要件定義を任せてしまったような場合は、コンピュータのハードウェア/ソフトウェア/ネットワークなどに対する要件が整然と定義されて、そこには人間系に対する要件は不在である。それは、部外者が最も避けて通りたがるところでもある。 ところが、利用部門においても人間系の業務要件を変更するのが困難であるという理由から、機械系の要件に終始する傾向がある。例えば、ごくまれにしか発生しない業務ケースで人間系で対応した方が小回りが利くようなことでも、機械系の要件定義に盛り込み「自動化」しようとする。

 利用部門のニーズ(要求というより欲望)をすべて満足する要件が、最善の要件ではないということにも留意しておきたい。

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 複雑な人間系に対する要件から逃げずに、しっかりと「もうける」ための要件を考えるべきである。そして、経営者も利用部門とシステム部門に任せきりにせず「過不足なく」適切な要件定義がされているか、しっかりと見ていくべきである。

 複雑な要件を整理するときには「シンプル・イズ・ザ・ベスト」の考え方で行うのがよい。複雑なものを複雑に定義すると、さらに複雑になる傾向にある。複雑なものを、いかにシンプルにとらえるかが肝心だ。シンプルなものは、結局、最善の結果をもたらし、最善のものはシンプルである。 また、シンプルなものは美しくもある。要件定義書が、シンプルで美しくまとまっていれば、それは、おそらく最善の要件定義になっているはずである。何となくスッキリしない。美しくないと感じる場合は、やはり、どこかに矛盾や不整合が内在している。

 どうしても、シンプルにならないのであれば、そもそもの業務プロセス、あるいはビジョン、シナリオなど、最初の着想が複雑である可能性がある。まずは、ここをシンプル化することが必要である。

 要件定義がシンプルで美しいシステムは、ソフトウェアもシンプルで美しいものになることが多い。それは、コスト・期間を最小化し、最高の品質を生む可能性が高い。そして、将来の変更や拡張にも強くなることを意味する。

 情報処理、ソフトウェア開発において「シンプル・イズ・ザ・ベスト」は、あらゆる面で良い結果を生む。それは、人間の言語活動そのものであり、良いコミュニケーションや文章はシンプルで美しいものである。シンプルで美しいものは柔らかくて強い。逆に、複雑なものは硬直的でもろい。

腹八分目の法則と2:8の法則

 最小の投資で最大の投資を生むシステム構築において、要件定義は最初にして最重要な作業であるので、これに時間をかけて、じっくりと取り組むべきであると書いた。しかし、それは、ダラダラとやれば良いというわけではない。明確なビジョンも、戦略もないのに、要件だけを探して夢遊病者のように歩き回っているプロジェクトがある。

 これでは、昨今のスピード経営や市場変化についていけない。要件は時間をかければ見えてくるものでもなく、決まらないことは、いくら時間をかけても決まらない。物事には、中庸ということが大切だ。完ぺきを求めて時間を浪費するくらいならば、未決定部分を放置してでも先に進んだ方が、少しでも効果を生んで投資を回収することができる。

 では、その見切り発車をする時期はいつなのか。それは、要件の8割が決定できたところである。いわゆる“腹八分目”というのがよい。8割の要件が確定すれば、ほぼ目的を達成することができるし、システムの8割を実現するには2割の労力で済む。残りの2割を完成させて100点を取ろうと目指した時点で、8割の労力が必要になってくる(2:8の法則)。

 また、2:8の法則を実装機能と業務効果の関係に当てはめて考えれば、要件定義されシステム化された機能の中で2割の重要項目が全体効果の8割を生み出す。乱暴にいえば8割の機能は「あれば良い」程度の機能かもしれない。まず、2割の重要機能に投資し、素早く成果を確かめて残り8割の機能に追加投資するかを判断しても遅くはない。

ALT 図 2割の重要項目が8割の全体効果を生み出す

 最小の投資で最大の効果を得る企業システム戦略の原理原則として「着眼大局着手小局」は有効な考え方だ。

【おすすめ図書】
「要求仕様の探検学??設計に先立つ品質の作り込み」(ドナルド・C・ゴーズ、G・M・ワインバーグ著/共立出版)
「ライト、ついてますか??問題発見の人間学」(ドナルド・C・ゴーズ、G・M・ワインバーグ著/共立出版)
ソフトウェア要求管理??新世代の統一アプローチ(ディーン・レフィングウェル、ドン・ウィドリグ著/ピアソンエデュケーション)

著者紹介

▼著者名 青島 弘幸(あおしま ひろゆき)

「企業システム戦略家」(企業システム戦略研究会代表)

日本システムアナリスト協会正会員、経済産業省認定 高度情報処理技術者(システムアナリスト、プロジェクトマネージャ、システム監査技術者)

大手製造業のシステム部門にて、20年以上、生産管理システムを中心に多数のシステム開発・保守を手掛けるとともに、システム開発標準策定、ファンクションポイント法による見積もり基準の策定、汎用ソフトウェア部品の開発など「最小の投資で最大の効果を得、会社を強くする」システム戦略の研究・実践に一貫して取り組んでいる。趣味は、乗馬、空手道、速読。

システム構築駆け込み寺」を運営している。

メールアドレス:hiroyuki_aoshima@mail.goo.ne.jp


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