財務諸表は不正探知のレーダーだビジネスに差がつく防犯技術(11)(2/2 ページ)

» 2009年01月08日 12時00分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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ITを活用した異常点の判別

 財務データの分析において、ITを有効活用すると、異常点の判別がより高度になる。

 例えば、「年齢調べ」と呼ばれる手法では、仕訳データの日付値に着目。売掛金情報から、回収が遅延している取引や、買掛金情報より支払いが遅延している取引を特定することができる。また、締め日後に発生したキャンセルや返品の取引をさかのぼって、受注した取引に不審な点がなかったかを追跡調査することもできる。

 「突き合わせ」と呼ばれる手法では、2つのデータを比較して、一致しないデータを検出することができる。例えば、給与支払いデータと人事データを突き合わせて、存在しない社員への不正支払いを突き止めることができるといった具合だ。

 こうした、ITを利用した異常点の判別を行えるようにしておくためには、経理システムや人事システムといった部門システムに対しても、情報システム部門が積極的に関与し、情報システム上のデータを部門業務のためだけでなく、全社的な見地からデータの利用価値を高めていくように取り組むことが必要である。

箱ひげ図だけでできる不正検知

 ITを活用した財務データの分析例として、SPSSJMPといった統計解析ツールが標準で実装している「箱ひげ図機能」を使って、仕訳データの分析をしてみよう。

 箱ひげ図は、対象データ中の最小値、第1四分位点、中央値、第3四分位点と最大値、そして外れ値といった6つの情報を瞬時に教えてくれる。

 通常の財務分析では、仕訳データを科目別に合計してから分析するわけだが、ここでは、仕訳データを最小値や中央値、最大値といった合計以外の統計値を求めるのである。

 平均値でなく中央値となっているということは、対象データの数が少ないため、母集団が正規分布であると仮定できない場合でも利用できることを意味している。

 表計算ソフトのExcelでもピポットテーブルのオプションでこれらの統計値の計算を指定することができるが、箱ひげ図ではそれを直感的なグラフで提示してくれる。

 以下、箱ひげ図の具体例を示す。

上記のグラフからは次のことが読み取れる。中央値は8、最小値は5、最大値は10、第1四分位点は7、第3四分位点は9、IQR(Interquartile Range:四分位範囲)は2となる。そして、3.5という値は軽度の外れ値、0.5という値は極端な外れ値であることを示している。

 箱ひげ図の活用方法は簡単だ。

 債権残や返品、運賃、出張旅費や接待費など不正発生に注意したい科目ごとの仕訳データを抽出し、箱ひげ図を描かせるだけである。

 ここで注意していただきたいことは、推定や検定といった信頼性を必要とする統計解析と違って、データだけで異常だと決め付けるのではなく、異常値を示すデータに対しては、現実の取引状況を追跡して問題がなかったことについて、現場でも確認することが必要だということだ。

 主要な科目については、おおよその中央値、最小値、最大値くらいは頭に入れておきたいものである。

会計レポートが不正を予防するパトロールになる

 比較分析などの財務情報を、毎月会計レポートとして発信することは、企業内不正を予防するために役立つ。

 前月、対前年と比べて大きく乖離(かいり)している財務比率や、箱ひげ図で外れ値になっている取引には赤字で強調するなどして社内回覧し、その理由について社内検討することで、不正を予防するパトロール活動となる。

 やましい気持ちがない人間は何も恐れることはないが、不正を働いた者や働こうとする者に対しては、大きな心理的けん制を与えるからだ。そして、不正を働きにくい職場環境を作るということが、結局、誰もが不正を疑われない、あるいは疑う必要のない安心な職場環境を作るということにつながるのである。


 さて、この連載もそろそろ終わりに近づいてきた。次回は以前の連載と関連するが、不正捜査の進め方や留意点について触れておきたいと思う。

 特に、内部監査などモニタリング業務に携わっている方においては、防犯の技術に加えて捜査の技術が必要となってくる。不正や問題の発生を見逃さないようにするには、効果的な現場観察や質問方法を身に付けておくべきである。

筆者プロフィール

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

MBA/システムアナリスト/公認不正検査士

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了
  • 信州大学大学院工学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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