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» 2009年08月25日 12時00分 UPDATE

オブジェクト指向の世界(28):パターン言語事例 − 慶應SFCの『学習パターン』 (2/2)

[河合昭男,オブジェクトデザイン研究所]
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学習パターンを読む

まずはつかる(No.7)

 「まずはつかる(No.7)」が分かりやすいので、これを例に説明していきましょう(図2)。『よく分からないからこそ、まずはどっぷりつかってみよう』という内容を、温泉につかるというメタファを用いてイラストで分かりやすく表しています。

 このパターンが適用できるコンテキストは、

  • これから研究を始めるとき
  • これから勉強を始めるとき
  • 授業や研究会を選択するとき
  • 特定の分野で突き抜けたいとき
  • フィールドワークをしているとき

としています。

 次に問題は、【迷っているだけでは、何も始まらない。】 この問題に対するフォース、すなわち引っ込み思案やネガティブになってしまうという問題を引き起こす力としては、

  • 人は、分からないことに対しては、消極的になりがちである。
  • 物事には、実際に取り組んでみて初めて分かることがある。
  • 最初は直感で決めたことでも、やってみるとそう決めた理由が見えてくることがある。

などを挙げています。

 解決は、【興味・関心があることは、とりあえず始めてみる。そして、始めるからには、しっかりと取り組む】――つまりタイトルの“まずはつかる”ことです。

 具体的なアクションは、

  • まずは大ざっぱに研究テーマを決める。この段階で、たとえ明確な理由が見えなくても、自分の直感を信じてみる。
  • 興味・関心がある研究テーマに近い研究会に入り、研究を始める。また、フィールドに飛び込み、そのなかで過ごしてみる。
  • その過程で分かったことや考えたことを踏まえて、今後の研究・活動について再考する。

です。

 最後に関連するほかのパターンとして、

 考えてから動くのではなく、動きのなかで考える(No.16)。これが、まずはつかるの基本精神である。新しく研究や勉強を始めるときには、先人たちのやり方を「まねぶ」ことから(No.8)始め、教わり上手になる(No.9)とよい。また、研究の対象のフィールドに飛び込む(No.17)ことで、現場の問題を肌で感じることができるだろう。

を挙げ、このパターンから4つのパターンにつながっています。

 この4パータンもまたそれぞれ、いくつかのパターンにつながっており、全体としてネットワーク構造になってます。単独のパターンだけでは大きな力とならなくても、全体として大きな力となるように作られているのです。

パターン言語の適用分野

パターンを3タイプに分類する

 パターン言語は本来建築分野で提唱されたもので、アレグザンダーの著作『パタン・ランゲージ 町・建物・施工──環境設計の手引』(鹿島出版会/1984年)には建築分野の253パターンが記述されています。これらのパターンは建築物や街の中にあるパターンです。このように人工物の中に存在するパターンをここでは[タイプ1]と呼ぶことにします。

 アレグザンダーのパターン言語のアイデアはソフトウェアの世界に導入され、GoFの『オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン』 エリック・ガンマほか/ソフトバンク出版事業部/1995年)の成功に触発されたアーキテクチャパターン、アナリシスパターンなどが続出した1990年代半ばには、ソフトウェアパターンの一大潮流が出現しました。これらのパターンはソフトウェアの設計の中に見られるものであり、建築ではありませんが人工物の中にあるという意味ではやはり[タイプ1]のパターンです。

 一方、アジャイル開発という1大潮流の原点となったXPは違った視点でアレグザンダーのパターン言語に注目し、製品ではなく製品を制作するプロセスにパターンを適用したものと考えることができます。開発プロセスのRUPにもパターンが適用されています。

 人工物そのものではなく、人工物制作プロセスの中にあるパターンをここでは[タイプ2]に分類することにします。

 今回紹介したパターンはこれらとは異なるタイプです。学習パターンのような個人や組織の自己啓発・能力アップのためのパターンを[タイプ3]に分類することにします。

企業文化を仕事パターンにする

 最近のビジネス書のベストセラーは、同種著書の代表的著者である勝間和代氏の名前を借りて「勝間本」「勝間現象」と呼ばれているそうです。個人の自己啓発・スキルアップのための書籍が実に多数出版されています。これらは、成功法、仕事術、時間術、読書術などの分野における個人または組織の成功体験に基づくベストプラクティスがベースとなっています。個別の体験はさまざまなので、具体例を中心に企画すると同様の書籍が次々出版されることになりますが、共通部分をパターンとして抽出できそうです。

 学習パターンは、企業にも応用できるでしょう。SFCらしい学び方があるのなら、各企業にも“××社らしい仕事の仕方”があるはずです。企業文化という暗黙知をパターンという形式知にする――。この作業を“わが社の理念”のようなトップダウン方式ではなく、最近はやや下火になったQC活動/小集団活動のような、全員参加型のボトムアップ方式で形成していくことで、社員のモチベーションアップにもつながるのではないでしょうか?

学習パターンの可能性

ALT 写真2 プロジェクトの主要メンバーの皆さん

 筆者は今回SFCを訪問し、学習パターン プロジェクトに参加された学生の皆さんとお話しする機会をいただきました。このような完成度の高いパターン言語はどのようにして生まれたのか、知りたかったのです。

 総合政策部 井庭崇先生の研究室では、アレグザンダーのパターン言語を授業でも取り上げており、学習パターンの前に先輩たちがリサーチパターンやプロジェクトパターンを研究テーマとしてきたという下地がありました。これらは過去のさまざまな成功事例を調査して、ベストプラクティスをパターン言語形式にしてまとめあげたものです。

 学習パターンは、ほのぼのとしたイラストが秀逸です。今回お話をうかがったプロジェクトメンバーの方の中に、このような見事なイラストを描ける人がいたことが幸いしました。ちなみにリサーチパターンではレゴ・ブロックで簡単なシーンを組み立てて写真にしていますが、これも優れたアイデアです。アレグザンダーのオリジナル書籍にもすべてのパターンに写真が添えられていますが、この写真とパターン内容の関係は考え込まないとやや分かりにくいのが難点です。それに対して『学習パターン』のイラストは明解です。

 普及活動やフィードバックについては次のようなコメントをいただきました。

 現在、学習パターンをSFCでより活用してもらうための活動を行っている。具体的には、「SFCでの学びのコツを共有する」というコンセプトの下、研究やそのほかの活動で活躍しているSFC生にインタビューをし、そこで見ることのできる学びのコツと学習パターンとを関連させて紹介するサイトを作成している。今後は、インタビューした人を招いて、1年生や学びに悩んでいる学生を対象に話をしてもらうイベントや、学習パターンを活用した相談会やワークショップなどを開催する予定。これらの活動を通して、SFCにおける学びのコツを共有するツールとして学習パターンが定着し、SFCで共通言語化することを目指している(このサイトはまだ公開されていません)。



 今回、パターンを3つのタイプに分類しました。

[タイプ1] 人工物の中にあるパターン

[タイプ2] 人工物制作プロセスのパターン

[タイプ3] 人・組織の能力アップのためのパターン

 今回取り上げた学習パターンは、タイプ3に該当します。『学習パターン』は、今春全学生に配布されましたが、実際どれくらいの効果があったのか、どのように効果を計測するのか、学習パターンを今後どのように発展させていくのか、などその報告は筆者のみならず多くの人にとって興味あるところです。企業でもぜひ、タイプ3の「仕事パターン」にチャレンジしていただきたいと思います。

 最後に、インタビューに応じていただいたSFCの学習パターン プロジェクトの皆様、どうもありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。

※筆者注:文中、緑の縦線と【〜】の部分は、SFCインタビューまたは「Learning Patterns」サイトからの引用です。

筆者プロフィール

河合 昭男(かわい あきお)

大阪大学理学部数学科卒業、日本ユニシス株式会社にてメインフレームのOS保守、性能評価の後、PCのGUI系基本ソフト開発、クライアント/サーバシステム開発を通してオブジェクト指向分析・設計に携わる。

オブジェクト指向の本質を追究すべく1998年に独立後、有限会社オブジェクトデザイン研究所設立。OO/UML関連の教育コース講師・教材開発、Rational University認定講師、東京国際大学非常勤講師。

著書に『まるごと図解 最新オブジェクト指向が分かる』(技術評論社)、『まるごと図解 最新UMLが分かる』(技術評論社)、監修『JavaデベロッパーのためのUML入門』(ソフトバンククリエイティブ)、共著『明解UML――オブジェクト指向&モデリング入門』(秀和システム)など。『ITアーキテクト』(IDG)、『UML Press』(技術評論社)、『ソリューションIT』(リックテレコム)などの専門誌に執筆多数。

Webサイト:

オブジェクト指向と哲学

オブジェクトデザイン研究所


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