情シス部門とユーザー部門、恩讐を超えて社内を幸せにするEUC(1)(2/2 ページ)

» 2009年09月30日 12時00分 公開
[村中直樹,クレッシェンド]
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企業におけるITの目的

 ITの目的を大ざっぱに「コスト削減」と「他社との差別化」とに分けて考えると、前者は他社と同じ手段でも達成できるのに対し、後者は自社でしかできないユニークな手段を取る必要がある。

 コスト削減目的のITは、定型業務の自動化が多い。コンピュータがオフィスに導入され始めたころから取り組まれており、経理処理や給与計算などの面倒な作業は手作業に戻ることなど考えられない。多くの場合、こうした提携業務の自動化は、確実に一定の効果を見込める。最近のトレンドであるクラウドコンピューティングSaaSなどの概念も、コスト削減目的での導入が多いようだ。

 これとは別に、他社との差別化によって売り上げや利益を上げようとする、戦略的なITともいえる使い方がある。コンピュータの高度化によってネットワークやデータベースが気軽に利用できるようになり、ITを他社との差別化に生かすという発想が生まれ実現されてきた。

 差別化を実現するための「戦略情報システム」というと、全社規模、あるいは取引先にも端末を置くような大規模システムを思い浮かべるだろう。

 この成功事例として、例えば大手コンビニエンスストアがPOSシステム(Point Of Sales System:販売時点情報システム)によって売り上げ予測や品ぞろえに活用している例が有名だ。

 このようなシステムについて注意したいのは、社員のスキル次第で導入の成果が大きく異なる点だ。他社との差別化のために、自由にコンピュータを使いこなすためのスキルは、いわゆるコンピュータリテラシーに加え、仮説と検証を繰り返し行う仮説思考などが含まれる。もちろん、自社の戦略やシステム導入の目的を理解していることは大前提である。

 十分にスキルを持つ社員であれば、仮説・検証を行うための手段として情報システムを活用し他社との差別化を実現できる。一方、スキルを持たない社員は決められたとおりにしかシステムを使えず、定型業務部分しか利用できない結果としてシステムは単なるコスト削減目的のITになってしまう。

 こうした「コンピュータスキルを持った社員」という人的資源をごく自然に生み出しているのがEUCである。筆者が仕事でかかわった多くの企業が全社的な情報システムに加え、自分たちの工夫であるEUCによって他社との差別化を図っていた。

 現場が臨機応変な判断で作ったEUCツールは、現場の業務改善の成果を他社との差別化させるのに最も適した方法の1つである。もちろんEUCについても、スキルと成果は相関するが、EUCが大規模システムと異なるのはツールの機能が高度化していく過程で、ツールに戦略的な視点を含むようになることがある点だ。

 例えば当初は納品書の作成などの定型業務の自動化を実現するのみで、コスト削減の意味合いしか持たなかったツールが高度化し、売り上げ情報のクロス集計や統計処理機能を実装した結果、売り上げ予測やニーズの把握ができるようになる。

 ただし、部署単位、現場単位でばらばらの分析ツールを持っていても、差別化のためのインパクトは弱い。そこで、情報システム部門の存在意義が出てくる。次項で差別化のためのEUC推進を検討したい。

差別化要因としてのITとEUC

 差別化を図るための戦略策定は、トップダウンアプローチで作り上げるのが最も効率的とされている。つまり、経営トップの戦略を各部門が理解して、それぞれの立場の部門戦略を作りながら同じ戦略目標を目指そうとする進め方である。

 情報戦略の実現に当たっては、情報システム部門の手で方針策定からシステムの構築、インフラの整備を行い、その後は利用者部門とともに運用を通じて戦術としてのユーザーリクエストを吸収しながら発展させていくという手順が実現できれば理想であろう。このとき、利用者のスキルが低いと、リクエスト内容も「使いやすくしてほしい」などの漠然とした解決方法が簡単に見いだせない内容になりがちであるが、スキルが高ければある程度要件定義もできてしまう。

 多くの企業で、情報システム部門の頭痛の種になっているEUCであるが、このようにトップダウンの枠組みの中に取り込むことで、他社との差別化を実現する経営資源の1つになる可能性がある。

 そのためには、戦略情報システムを実現するために最低限必要な“決め事”を情報システム部門が作り、利用者がこの枠組みの中で推進することが第一歩となる。標準化を無視して勝手な仕様でデータを蓄積しても、他部門で使い回しできないようでは全社規模の戦略実現にはおぼつかない。このように、「“最低限守らなければならない範囲”を決めておき、その枠組みの中で利用者部門が自由にコンピュータを利用する」運用が双方に負担を掛けず、効果を出せる。

 筆者がこれまでかかわった企業の中から、こうした運用で情報システム部門の負担を減らしつつ、効果を上げている事例を紹介したい。

売上分析が情報システム部門の負担に

 中堅保険会社のA社営業統括部門は、マーケティングのため、売上状況の詳細な分析を行っていた。分析のためのツールとしてさまざまな帳票を活用していた。その大半は同じ「売り上げデータ」を基に、「地域別?商品別」「商品別?年齢別」のようにさまざまな切り口で集計したものであった。データの加工から印刷まで、帳票の作成は情報システム部門で一括して行っていたが、情報システム部門も、利用者部門も大きな問題を抱えていた。

 情報システム部門の本来の業務は、新商品向けに行う販売システムの手直しや、より高機能な販売管理システムの構築など多岐にわたっていたが、営業統括部門ではさまざまな新発想によってデータを加工したいというニーズがあった。そのため、頻繁に新帳票作成のリクエストが出されていたため、本来の業務にかけるべき時間が圧迫されており、連日深夜までの残業を強いられていた。

 営業統括部門からすれば、既存の帳票の並び順を変えた程度の帳票作成に数週間もかかり、ようやく完成したころにはタイムリーな市場分析に生かし切れていなかったことから、情報システム部門への不満は膨らむ一方であり、情報システム部門も残業の元凶となる営業統括部門を敵視するようになっていった。

EUCで利用部門と情報システム部門の利害合致

 そんな中、全社で利用していたExcelを使って、営業統括部門自身にデータ加工をさせてみてはどうかという発想が情報システム部門で生まれた。

 もともと営業統括部門はPCを苦手とする人が多い部署であったため当初は反対意見も多かったが、現状のままでは双方の問題が解決できないことが明白であったため、まずは実験的に運用してみることとなった。

 以前は紙の帳票出力に使用していたデータをサーバ上でCSVデータに加工し、利用者部門が自由にダウンロードできる仕組みを構築した。これに情報システム部門がかかった時間はせいぜい2人日程度であり、帳票を1つ追加するよりも軽い負担で済んだ。

 次に、フィルタ機能をあらかじめ設定したExcelファイルを用意し、並び順の変更や必要なデータの抽出ができるようにした。ダウンロードしたCSVデータをこのExcelファイルに貼り付ければ、自由に並び順を設定したり特定商品のデータを抽出したりできるというわけだ。

 また、PCに対して苦手意識の強い人が多い部署であったことから、導入時に情報システム部門主催でExcelの初歩的な使い方のトレーニングを行った。

 主な内容は、CSVデータのコピー/貼り付け方法、並び順の変更方法、フィルタの使い方の3点で、時間にして2時間程度、事前準備を含めても半日程度だった。

 この試みは、情報システム部門にも営業統括部門にも大きなメリットをもたらした。情報システム部門では、新たな帳票作成のリクエストを受けることがなくなっただけでなく、抱えていたバックログ(帳票作成リクエスト)もすべて取り下げとなり、本来の業務に集中できるようになった。

 営業統括部門では、必要なときに基になる売り上げデータを得られ、並び順などの設定は自分たちで行えるようになったので、いままで問題だった待ち時間がゼロになった。さらにExcelの操作に慣れてくると、さまざまなデータを自分たちで加工できるようになり、ピボットテーブルを使った初歩的なクロス集計分析を行うまでになった。情報システム部門はデータを機械的に供給するだけとなったが、ようやく欲しかった情報を得られるようになった利用者部門から感謝されるようになり両者の協力体制が醸成された。

利用部門と情報システム部門がWin-Winの関係で

 このように、利用者部門が食わず嫌いを改め、情報システム部門が積極的にEUCを推進する立場を取ることで、両者がWin-Winの関係を築けたのである。すなわち、利用者部門はリードタイムを気にすることなく、業務に必要な情報加工をストレスなく行えるようになり、情報システム部門は細かいリクエストを減らして本来の業務により多くのリソースを割り当てられたのである。

 次回以降、さらに事例を通じて、利用者部門と情報システム部門のかかわり方を探る。

筆者プロフィール

村中 直樹(むらなか なおき)

株式会社クレッシェンド 代表取締役

システムコンサルティング会社や金融機関を経て独立。現場主導のITにこだわり、Excelによるシステム開発に特化したベンチャー企業を設立。これまでに700以上のシステム構築にかかわる。経済産業省認定システムアナリスト、中小企業診断士。著書に『企業活動トラブルQ&A』(共著、第一法規)などがある。


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