データ処理の高速化が、ビジネスチャンスを呼び込む“革新を起こす”新アーキテクチャ活用術(2)(1/2 ページ)

データをビジネスに生かす上で着目すべきは、分析処理するデータのボリュームだけではない。処理のスピードを上げることも、データを有効活用する重要なポイントとなる。

» 2012年06月28日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

これからの分析ツールは「手軽、簡単、高速」

 昨今、「インメモリデータベース」という言葉を聞く機会が増えているかと思います。従来のデータベースは、データをハードディスクに置いて、ここから都度、必要なデータを読み込んでいますが、これに対してインメモリデータベースは、ハードディスクではなく、コンピュータのメインメモリ上に全てのデータを置いて処理を行います。最近はこの仕組みを分析ツールに利用した製品・サービスが多数登場しています。

 ただ、この仕組みを筆者がコンサルティングを担当しているユーザー企業に紹介すると、最初はたいてい「高い費用を掛けて今さらBIを高速化しても、投資に見合った効果は得られないと思う。『多少の待ち時間』はユーザーも了解済みのはずだ」といった否定的な返事が返ってきます。しかし、その「多少の待ち時間」を、従来のデータベースの1万倍以上の高速処理によって、劇的に削減できるのがインメモリデータベースなのです。

 例えば、SAPが提供しているインメモリデータベース「SAP HANA」は、これまで3日間かかっていたデータ処理をわずか1分間で行うことができます。データ処理に3日かかるということは、ユーザー部門に情報が伝わるまでに実質1週間かかると言えるでしょう。しかし商社や卸・小売業など、市場動向が刻々と変化するビジネスの場合、1週間前の販売データでは業務に有効に利用することはできません。

 しかし、3日間かかっていたデータ処理を1分間で処理できるとなれば、昨日の販売データも翌朝には利用できることになります。インメモリデータベースを使うことによって、これまでの常識では「使えない」と諦めていた情報も、ビジネスに有効に生かせるようになるのです。データを“ビジネスの武器”にするためのポイントは、データのボリュームだけではなく、その処理スピードにもあると言えます。

インメモリデータベースを積極的に活用して売り上げを2倍に

 企業にとって、販売実績のトレンドや顧客情報は、売り上げや顧客満足度の向上に役立つ非常に重要な情報です。今回は、そうしたデータの分析を高速化することで、優れた成果を上げたケースをご紹介します。

事例:機械器具卸業B社のチャレンジ

 中堅機械器具卸業のB社は、機械器具卸業を50年以上営んでいる老舗企業です。しかし、リーマンショック以降、国内市場は縮小の一途となり、売上高が3 割も減少してしまいました。厳しいコスト削減と合理化により、かろうじて赤字は免れていますが、このまま売り上げが減り続ければ、いずれ限界が来るのは誰の目にも明らかでした。そこで生き残り策を検討した結果、次の3つの選択肢が挙がりました。

同業者と合併して、市場シェアを高めることで生き残る

外資系や大手商社の傘下に入って生き残る

同業他社にない強みを備えて、自力で生き残りを目指す

 1については、合併する相手企業の選定が難しいことと、合併後の社内主導権争いが避けられないであろうことから、合併効果が出ることより、競争力が低下してしまう可能性の方が高いという声が多く挙がりました。また、卸業は各社独自の商習慣も多く、合併すればこれを見直すことにもなります。この点で、合併効果は間接部門の経費削減にとどまる可能性が高いのではないか、という点も指摘されました。

 2については、経営や人事の独自性が失われる他、企業が存続しても従業員の大半が入れ替わってしまう可能性があります。よって、3を選ばざるを得なかったのですが、ここで議論は「同業他社にない強みとは何か?」という踏み込んだ内容になりました。そして、「機械器具卸業としての強み」を確保するための条件を、次のように整理したのです。

  1. 縮小する国内市場で売り上げを伸ばすために、品ぞろえを可能な限り広げる
  2. 価格競争では大手に勝ち目がない。利益確保の観点から在庫リスクや機会損失による売り損じを極力回避する
  3. 情報提供やアフターサポートなど、目に見えないサービスを差別化手段として追求する

 これらを基にしてB社が出した結論は、「お客様をお待たせしないこと」「きめ細かい提案と配慮を徹底すること」でした。卸業の基本に立ち返って、「お客様対応を、もれなく、隙なく、どの会社よりも早く行う」ことが重要だと考えたのです。そして、具体的なアクションとしては、『顧客からの問い合わせには24時間以内に必ず応える』ことを目標としました。顧客が求める製品やサービス、市場の情報、価格動向や在庫状況を即時提供する仕組みを導入し、これを最大限に生かせる業務オペレーションに改善するのです。

 その仕組みの中心となったのがインメモリデータベースでした。B社は老朽化した基幹システムをERPシステムに置き換えたばかりでしたが、販売管理と購買管理を自社の商習慣に合わせてカスタマイズしていました。ERPの導入により、商品カテゴリ、価格帯、商流ごとの売れ筋、死に筋を把握できるようにしたのです。

 ただ、従来はそのデータの処理に1週間ほどかかっていました。1週間とは短いようですが、この情報を商談に生かそうとしても、顧客にアポイントメントを取ったりする時間も含めると、実質的に顧客に伝えられるのはほぼ2週間後になってしまいます。半月ほど前の情報では、すでにトレンドが変わってしまっていることも珍しくありません。従って、営業の現場では実用的な情報とは認識されていなかったのです。

 しかし、前日のデータが翌朝に使えるというのであれば話は別です。事実、インメモリデータベースの導入により、日々のきめ細かい販売データを基に商談を進められるようになったことで、受注が確実に増加し始めたのです。さらに、商品の需要変動に独自のパターンがあることも分かってきました。機器の販売では、本体の修理部品やサプライ品などのアフターセールスやサポートサービスを伴うことが多いのですが、同じカテゴリの商品でも、メーカーや、ユーザーの用途によって、各商品に独自の需要変動があることが判明したのです。

 それまでは「顧客ごとの月次売上額」の推移を見て、営業活動の計画を組んでいました。しかし、以上のように需要変動にパターンがあることを受け、「商品カテゴリごとの月次売上額」の推移を見て、需要があるタイミングを高い精度で予想し、これを営業計画に生かすようにしました。つまり、インメモリデータベースによって、詳細なデータを即時入手できるようになったことで、月次売上額といった大雑把な情報ではなく、「製品カテゴリ別の需要パターンから次の受注を見込む」というきめ細かな営業活動への脱皮に成功したのです。

 「B社の営業はいつもいいタイミングで提案してくれる」と顧客からの評判も上々で、売り上げも増加に転じました。当初は他の多くの企業と同じく、「今さら高い費用を掛けてBIを高速化しても投資に見合った効果は得られない」と、導入に否定的だったB社でしたが、今ではこうした成果に考え方をあらため、「今さら遅いシステムには戻れない。業務効率向上にデータの高速処理は欠かせない」と、その効果を認めています。

 B社は現在、取扱商品を拡大するとともに、データ処理スピードのさらなる高速化により、売り上げを倍増させることを目標に掲げています。


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