“定石”に縛られない発想力が、生き残りの条件“革新を起こす”新アーキテクチャ活用術(4)(2/2 ページ)

» 2012年09月06日 12時00分 公開
[鍋野敬一郎,@IT]
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自社の強みをサービス提供の核に

事例:サービスに生き残りを賭けた中堅機械メーカーC社の挑戦

 こうしたインターネットとクラウドを使ったWebシステムの活用に踏み切ることにより、C社の製品・サービス提供体制は大きく変わりました。

 まず、これまでエンドユーザーは、草刈機を購入した取扱店で修理やサポートを受けていましたが、新体制ではC社のホームページ上で全製品の取扱説明書を見たり、草刈機や関連する全パーツを購入したりすることができるようにしました。製品やパーツの在庫は、前述した新しいERPシステムの在庫データと連携させることで、常に正確な在庫状況を表示するとともに、在庫があるモノは直ちに配送する仕組みを築きました。

 一方、サービス提供については、「問い合わせ対応」や「修理サービスの提供」「保証サービスの購入」「講習会の講師派遣」「クレジットカードを利用した分割払い」といったさまざまなサービスの受付窓口をホームページ上に設け、現在も試行錯誤しながらサービスメニューを拡充しつつあります。こちらはパブリッククラウドのシステム基盤(PaaS)を利用することで、顧客データ管理専用のWebシステムを、短期間かつ初期費用を抑えて導入することができました。さらにFacebookやTwitterとの連携機能を利用して、園芸に関心の高いエンドユーザー向けにコミュニティを作り、ここから積極的な情報発信を行うようにしました。

 その結果、長年横ばいだった売り上げが、わずかながらも次第に上向きになり始めたのです。毎月のパーツ販売件数が1000件近くまで拡大して、売り上げ、粗利率ともに向上した他、卸売業者からの引き合いも増加し始めました。宣伝広告活動はそれまでと全く変えなかったことから、ホームページの効果が着実に表れていると判断できました。

 また、パーツの販売件数が伸びたのは、「故障したら買い替え」というユーザーの考え方が、取扱説明書の公開によって「ホームページ上にある取扱説明書を見て、自分で必要なパーツを取り寄せて修理する」という方向へ変わったたと推測されました。また、パーツの粗利率を比較的高めに設定しているため、売上額は小さくても利益率は大きく、インターネット通販で全てのパーツを販売する仕組みの構築は収益的にも成功となったのです。

 ただ、サービスメニューの柱である「修理サービスの依頼」は思いのほか件数が少ないなど、サービスによる直接的な売り上げへの貢献にはまだまだ課題が残されています。しかし、エンドユーザーや販売店からの「講習会や実演販売などの依頼」は以前より増え、これに可能な限り対応すべく、営業担当のみならず工場やバックオフィス業務に携わる社員も総出で対応したところ、概ね好評を得ることができました。そして、こうした講演会や実演販売の取り組みは、注文の着実な増加となって返ってきたのです。

 C社では、これまで「メーカーとして、高品質、高機能を追求したモノづくりを行っている」と自負していましたが、今回の経験を受けて、「サービス提供の在り方が、今後、製造業として生き残っていく上で最も重要だ」と考え方を改めたそうです。製造技術がコモディティ化し、ライバル製品も多い現在、製造業者には製品の機能・品質だけではなく、きめ細かなサービスとエンドユーザーと直接対話する姿勢が不可欠になっているのかもしれません。


自社の強みをどう伸ばすか――発想力が生き残りとIT活用の鍵

 冒頭でも述べた通り、自動車やハイテク・電機など大手メーカーの生き残り戦略としては、「生産拠点の海外移転」と「中国・アジア新興国など新規市場の開拓」が定番となっています。中堅・中小メーカーも同様に海外進出を加速させていますが、これに対応できないメーカーは滅び行く運命にあるとも言われています。しかし、本当にそうなのでしょうか? グローバル化に対応できない製造業が生き残る道もどこかにあるのではないでしょうか?――そうした問題意識が、今回のC社のケースを生み出したとも言えます。特にC社の場合、ナンバーワンではないかもしれませんが、“オンリーワン”の製品としてエンドユーザーの支持を獲得してきたという、自社ならではの強みにフォーカスしたことが生き残りの道を開いたと言えるでしょう。

 しかし、仮にそうした着想はあっても、従来なら、今回紹介したようなインターネット通販や顧客データ管理の仕組みを迅速に導入することは難しかったと思います。特にコストや人的リソースに制限がある中堅・中小企業にとってはなおさらです。しかし現在は、インターネットやパブリッククラウドを利用することで、必要なビジネスインフラを迅速かつ低コストで用意できる環境が整っています。

 特にパブリッククラウドというと、業務効率化やコストダウンの手段として注目しがちですが、今回のようにエンドユーザーに働きかけ、ロイヤルティと収益を向上させるための“攻めのツール”として使うこともできます。つまり、生き残り策を考える上でも、クラウドサービスの使い方を考える上でも、単に大企業の先行事例をまねするのではなく、自社に合ったやり方で、全く別の方向からひと味違ったシステム利用を発想することが重要なのです。その点こそが今回の事例の教訓と言えます。

 システムインフラを迅速かつ手軽に手配可能となった今、自社はどう勝ち残るのか、ある意味、発想力の勝負になっているとも言えます。そうした中、各業種とも、製造業における海外展開のような“定石”以外の方法を探ることも、ITを有効活用するための大きなポイントになるのではないでしょうか。

著者紹介

▼鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。SAPを中心としたシステムの設計導入支援を行う株式会社エス・アイ・サービスにて、ERP導入のセカンドオピニオンサービスも提供している。


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