コラム
» 2004年11月09日 19時47分 UPDATE

被災者を支える、地元ケーブルテレビの死闘 (前編) (3/4)

[小寺信良,ITmedia]

 一通りセッティングが終わったところで、お昼にお弁当をごちそうになった。NCTの食堂では、女子社員が中心となって豚汁の炊き出しを行なっている。既に市内ではほぼライフラインは復旧し、コンビニやお弁当屋も営業を始めているので、もう炊き出しの必要はないのだが、やはり暖かい手料理があると士気が上がるのだという。

jn_041106.jpg 炊き出しの豚汁もごちそうになった(携帯電話で撮影)

 だがスタッフの表情には、思ったより悲壮感のようなものはない。既に「信じられない出来事」から、現実を受け止める段階に移ってきたのだろうか。

 NCTは、JR長岡駅から歩いて10分ほどの場所にある。社員は総勢60名ほどだが、その9割が今回の地震で被災した。車中泊も経験し、今も避難所から通ってきている社員も多い。地元タレントとして民放でレギュラー番組を持っていたこともあるという、変わった経歴を持つ放送制作部の伊能(いよく)部長も、外国人の奥さんを一人残して、避難所から通勤を続けている。月曜日からは一時帰宅が許されるという。

 だが考えてみれば、小中高校が避難所になっているということは、被災から2週間、まだ学校が始まっていないということでもある。8日・月曜日から授業を再開するところも多いが、受験生にとってはこれまでの遅れも深刻な問題だ。

本当に必要な情報

 災害時の情報源として、テレビというのが有効なのか、という議論もある。一日中テレビを見ているわけにもいかないのではないか、それだったら情報をこちらのタイミングで引き出せるインターネットのほうが優れている、という意見は、原理的にはその通りだ。

 だが実際には、被災地でWebを見るためには、有線にしろ無線にしろ、ネットワークが生きていなければならない。ろくに電話も通じない状況で、それは可能なのか。さらにPCの普及率から考えても、それを操作できる人は子供から老人まで含めると、おそらく1割程度の人になってしまうだろう。デジタルデバイドは、補修工事では埋まらない。

 NHKは震災直後に、各避難所に合計約70台のテレビを設置した。あの大混乱の中、電気屋を回ってかき集めることはできないから、自前でテレビ70台を持っていたということだろう。公共放送でなければできないことの一つだ。

 例え避難していても、動ける人は仕事に行く。したがって残っているのは、子供やお年寄り、体の不自由な人、けが人、病人および介護のために残っている人たちになる。そういう状況では、ただ寝転がっていても次々に情報が送られてくるテレビは、インターネットよりも情報のリーチ率が高い。

 NHKは今回の地震報道に、300人を動員した。一方NCTの番組制作スタッフは、10人。うち4人は女性だ。ただNCTは現地の事情をよく把握している点で、大人数の報道に劣らぬ活躍を見せる。もちろんNHKと対抗して番組を作っても、勝負にならない。彼らの作る番組は、現実を受け入れはじめた人々の暮らしに役立つ情報や、復興への決意を促すための、ポジティブなスタイルだ。

 NCTが放送している情報は、多岐にわたる。ボランティアの内容とその連絡先、道路の開通状況、飛行機や電車の臨時便の時刻表、イベント中止のお知らせ、臨時の入浴施設の場所と時間などを、お天気カメラをバックにテロップにして延々と流す。さらに、ショックを受けた子供たちの心のケアの方法、エコノミー症候群を防止するための体操などをナレーションで放送する。

jn_1000092.jpg 送出卓が壊れてしまったため、編集卓を使って手動で放送を出す。テープスタートやテロップ出し、アナウンスまで、人手がないときは全部一人で行なう

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