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「電子書籍」はどこまで来たか小寺信良(3/3 ページ)

» 2005年05月30日 14時13分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 図書館は公平な市民サービスとして、たった一人が読みたがっている本でも、数千円なりのお金を出して、購入しなければならない。だがそういうコンテンツは、レンタルできればそのほうが安上がりなのである。もちろんよく出る本なら買ってしまった方が安いケースもあるだろうが、コンテンツに応じていろいろな入手方法が選択できれば、より柔軟な運用が可能だろう。

 またソニーでは、LIBLIeを電子書籍ビューワー以外の用途にも範囲を広げ始めている。元々LIBLIeはセキュアな専用フォーマットであるBBEBか、JPEG画像の表示機能しかない。しかし専用のサポートサイトでは、既存ユーザーを対象に、いくつかの拡張ソフトウェアの配布を開始した。

 RSSで集めたWebニュースや、今見ているWebページをBBEBに変換したり、アプリケーションからプリンタとして印刷することでコンテンツをJPEGに変換できるツールなどで、テキストビューワー単体としての可能性を広げようとしている。

 ΣBookが既存流通の上乗せで儲かりまっせ方式だとしたら、LIBLIeは出版業界のよろず問題解決ソリューション方式だと言える。なんとなく関西・関東のビジネスアプローチが垣間見えるようだ。

リスクは常にある

 まだ日本では一般の人の注目を集めるまでは至っていないが、「オーディオブックという方式がある。書籍を朗読したCDを販売するというスタイルだ。このメリットは、目を離せない状況、例えば車の運転中や歩きながらでもコンテンツが楽しめるというところである。

 米ニューヨーク州ロングアイランドのサウス・ハンティントン図書館では、このオーディオブックをiPod shuffleに転送して貸し出しを行なうというユニークなサービスを開始した。元々米国では、オーディオブックがiTunes Music Storeでもダウンロード販売されており、音楽のフォーマットを借りながら出版ビジネスを展開するという、面白い構造になっている。

 日本で朗読コンテンツが一般的に受け入れられるかは、文化的な差異もあるためもう少し考えなければならないが、現段階での問題点をきれいに洗い出せば、案外いけるのかもしれない。

 書籍の売り上げ自体は年々減少傾向にあり、筆者が以前から指摘しているように、嗜好品であるが故に人が離れていくということが、現実に起こっている業界だ。ただ出版事業は、音楽、放送よりももっと動きの遅い産業でもある。電子書籍も一般に普及するまでには、まだ5年、10年単位の歳月がかかるかもしれない。

 そしてこのテンポの遅さ故に、いろいろな対策を考える余裕は他の業界よりも、いくらかあるように思う。松下、ソニーのような強力な異業種の参入によって、やり方が選べるようにもなってきているのは、むしろ幸いとすべきだろう。

 2年前に電子出版を推進するようなコラムを書いたときはまだ時期尚早で、装丁・印刷など製本に従事している人からはずいぶん恨みを買ったものである。だが書き手である筆者だって、自分の食い扶持だけ確保してモノを言っているわけではない。以前Googleが台頭してきたとき、ある編集者が冗談めかしにこんな事を言ったことがある。

 「このままサーチエンジンが進化したら、Webの資料をあさって本を書くライターなんて職業は要らなくなるかもしれませんよ」

 もっともそんな時代になったら編集者という職業のほうが先になくなると思うのだが、まあそれはそれとして、いったんパラダイムシフトが始まってしまえば、無傷で済むものなど誰もいないのである。闇雲に新しいものを否定しても、他に出口はない。よどんだ水の中で徐々に死を迎えるか、ジャンプして未知の世界に這い出るか。進化とは、そうやって起こっていったものではなかっただろうか。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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