コラム
» 2007年02月19日 11時00分 UPDATE

小寺信良:Windows Vistaに必要な何か (1/3)

Windows Vistaのコンシューマー向けパッケージ販売から約半月が過ぎた。5年以上の沈黙を経て登場した「待望の」OSだったはずだが、すでに失速が始まっていると言う分析も出始めている。今回はライフスタイル的視点から、PCの行方について考えてみたい。

[小寺信良,ITmedia]

 Windows Vistaのコンシューマー向けパッケージ販売がスタートして、約半月が過ぎた。1月30日の発売日には、秋葉原のカウントダウンイベントの模様が報道されたりもしたが、新宿、有楽町などほかの場所の量販店では静かな船出となったようだ。PS3やWii発売の騒ぎと比較すると、その温度差に拍子抜けを覚えた方も多いのではないだろうか。

 もちろんゲーム機ハードとPCのOSを同じ土俵で語るわけにはいかないが、実際のところVistaの発売イベントが盛り上がったのは、秋葉原という土地柄だからだろう。今や実態は「萌えビジネスの街」と化してはいるものの、やはり自作派に支持され続けているショップも多く、独特のユーザー層を抱えるパソコンの聖地であり続けている。

 Windows 9x系では95、98、Me、Windows NT系ではNT3x、NT4.0、2000、XPと矢継ぎ早にリリースを続けたOSが5年以上沈黙していたわけだから、客観的に見れば「待望の」と言っても良かったはずだ。だが発売2週間で、すでに失速が始まっているのではないかと言う分析も出始めている。

 LifeStyleのコラムでPCの話題は適当ではないかもしれないが、これだけの規模のネット社会が形成された今、PCの存在を無視してライフスタイルを語ることは、すでに困難である。すなわち今回はライフスタイル的視点から、PCの行方について考えてみたい。

Before XPとAfter XP

日本の社会に、あるいは一般家庭にPCが広く入り込んだ最初のきっかけは、Windows 95の発売だったろう。それまでのWindows 3.1はGUIオペレーションではあったものの、まだまだDOSのテイストを色濃く残しており、DOSであるが故にPCを敬遠していた層には、受け入れにくいものであった。だがWindows 95は完全にGUIベースであり、「誰にでも使える」と思わせるものであった。Windows 95は、「簡単」の象徴であったのだ。

 続くWindows 98は、インターネットへの対応、拡充するUSB機器のサポートなどをウリにしたOSだったと記憶している。しかしそれに続くWindows Meの不審な挙動は、もはや忘れたい記憶の領域に入っている。今にして思えばMeの出来が悪かっただけに、安定性をウリにしたNT系が主役に躍り出ることになったとも考えられる。

 Windows XPが華やかに迎えられたのは、21世紀になったというお祭り気分もあっただろうし、安定はしているが地味なWindows 2000に対して、Windows 9x系のフレンドリーで華やかな雰囲気を持っていたこともあるだろう。そして何よりも、Windows 9x系とNT系という二つの流派が統合されて、これからはこれ一つなのだ、というわかりやすさがあった。

 過去支持されたOSには、明らかに過去のものに対する不満が解消され、決別するメリットが強く感じられた。だからユーザーは多少周辺機器の対応が遅れていようと、新しいOSに取り組むことは「進化である」と受け止めていた。またOS乱立の時代は、PCがある種の機械装置として、それを動かすことそのものがホビーとして成立した時代と重なる。XP以前のPCユーザーは、OSやパーツをアップグレードすることに慣れていた。

 Windows XPは動作が安定していた事に加えて、「それが最新のOSである」という時代が過去にないほど長かった。もちろん途中サービスパックのリリースがあったにせよ、それを別のOSであるとは認識しなかったはずである。

 この安定期に起こった変化の一つは、インターネットの指数的な普及があったことで、これまでパソコンなるものに全く縁がなくて暮らせて行けた人々にまで、ユーザー層が広く拡大していったことである。PCの用途として、一番にメールとインターネットを上げる人は少なくないはずだ。まあそもそもメール自体がインターネット網を利用するサービスの一つであるのだが、現在はそれらを厳密に区別することにあまり意味がないほど、この言い方は大衆化した。

 もう一つの変化は、XP以前のPCユーザーもこの安定期間に、細かいテクノロジーの変化にいちいち追従しなくなったことである。メモリやCPU、グラフィックスカードスロット規格など、5年の歳月にはそれなりの変化があったが、古いマシンで立ち往生するような重いタスクというのは、専門的な用途以外では少なくなった。

 これらの要素が重なって、長期安定期にはPCの自作、あるいはパーツの入れ替えによる高速化という行為自体が、次第に衰退していった。

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