コラム
» 2008年10月27日 16時30分 UPDATE

小寺信良の現象試考:21世紀型フェアユース論 (1/3)

デジタルとネットの世界における著作権侵害について、その手段や方法ではなく、抽象的な判断で可否を定めようというのが「フェアユース」だ。「日本版フェアユース」として議論も進められているが、注意しておくべき点はある。

[小寺信良,ITmedia]

 先週の月曜日、文化庁の私的録音録画小委員会にて、ダウンロード違法化へ向け著作権法改正すべきという結論で報告書が提出されることとなった。この問題に関しては昨年10月ごろから議論が沸騰し、一般からはパブリックコメントを通じて数千件の反対意見が寄せられた。それにもかかわらず、これを無視して文化庁は強行する構えである。

 文化を守ることで国民の利益に寄与するというのが文化庁の仕事だと認識しているのだが、長い間商業芸術に携わってきた筆者の感覚では、コンテンツは出来上がった瞬間から文化であるという考えは、現場には馴染まない。はっきり言って商業芸術はただの商品であり、より多く売れるように設計されている。フォーマットや要素、手法論は芸術から借りてきているが、本物の芸術(Art)とは違う。

 文化というのはそもそも、それが長い間定着したのち、商業的価値が失われていくときに、その下降カーブと相対する形で自然発生的に成立し、その存在が認められていくものではないか、という気がする。例えばテレビコマーシャルは、広告として価値がある時は文化を形成しない。しかし十数年が経過し、それが1つの時代を象徴したという別の価値を持ち始めたとき、文化へと変質するものである。

 文化庁は、いま絶好調に商業価値があるものを一生懸命守ろうとして頑張っているが、それよりも高松塚古墳の壁画にこれ以上カビが生えないよう頑張ったほうが、より多くの日本国民の利益に適うはずである。

 ダウンロード違法化が組み込まれるのは、俗に「著作権法30条」として知られる「私的使用のための複製」の項目である。この項目はよく「私的複製の権利」と勘違いされているが、著作権法には一般大衆に私的複製の権利を認めた項目は存在しない。権利者に認められた権利は、個人が自分で利用するための複製にまでは及ばないよという、権利制限を規定したものである。

 従来は個人が利用できる複製技術が未熟で零細あったため、大目に見られていたわけだ。しかしデジタル技術の出現で、この権利制限の範囲に条件が追加され、どんどん狭められていっているというのが現在の状況である。

 しかし個々の事情は関係なく、この技術を使ったら権利制限外、ということでいいのだろうか。これからも続々と新技術が登場するデジタルとネットの世界で、利用目的よりも方法論で権利制限が解除されるというのは、危なくてビジネスもままならないということにならないだろうか。

 それを打開するのが、「日本版フェアユース」であると期待されている。

なぜ今フェアユースか

 日本版フェアユースは、一昨年あたりから米国での事例を参考に、導入に関しての議論が続いてきた。しかし最近になって「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」が発足したり、知的財産戦略本部で導入へ向けての報告書がまとめられるなど、急速に形になりつつある。

 ご存知のように米国の著作権法には、日本の30条のような包括的権利制限規定がない。その代わり、個別の事例に対して公正な利用かかどうかを裁判で白黒つけるというのが、フェアユースの原型である。

 これまでこのフェアユースは、日本にはなじまないという意見も少なくなった。そもそも日本はコンプライアンス意識が高い企業が多く、訴訟のリスクを負いたがらないこと、そして日本の裁判のスピードの遅さなど、米国とは事情が違うということが指摘されてきた。

 しかしスピーディな決着が見込める知財高裁が本格稼働して、ときたま「トンデモ判決」も出るがそれでもスピード決着という意味では実績を上げてきたこと、日本の企業が収益を海外に求める事が多くなったこと、そしてネット上の事業スピードで米国企業にことごとく負けていることなどから、風向きが変わってきた。

 現在導入が叫ばれている日本版フェアユースも、裁判で白黒付けるというベースは同じである。ただそれは、30条を保持した上で機能するという、米国にはない形を想定している。

 例えば著作権法によってサービス停止に追い込まれた「録画ネット」のようなサービスは、もし日本にフェアユースがあったら救えたのではないだろうか。ネットを使ったサービスで起業するところにとっては、裁判のリスクを負っても創業者利益を確保したほうが得策と、勝負に出られる。

 これまで日本では、いつ何時著作権法でねじ込まれるかもしれなかったため、日本人考案のビジネスでも海外を拠点するしかなかった。知財の流出というより、身売りである。これが増えれば、ネットの賢い人は皆、日本を脱出することになる。

 日本版フェアユースの導入は、知財産業構造の転換を促すきっかけになるだろう。

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