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パッケージメディアの逆襲(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(1/3 ページ)

» 2013年08月23日 14時00分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]

 音楽や映画のネット配信もすっかり定着したが、一方でCDやBDといった既存パッケージメディアにも高音質化や高画質化といった新しい動きが出てきた。また、失われつつある過去の名演奏を復刻したり、アナログレコードのような懐かしいメディアに光をあてる試みも各所で行われている。AV評論家・麻倉怜士氏に、最近気になった動向をまとめて紹介してもらおう。

松田聖子さんの「CITORON」は麻倉氏のお気に入りタイトル。最近出たBlu-spec CD2と1988年当時に購入したCDを比較

――ネット配信がすっかり定着した感もありますが、パッケージメディア市場は縮小しているのでしょうか

麻倉氏: 世界的にパッケージメディアの需要が落ちているという話はありますが、こと日本市場においてはCDやBDも善戦しています。日本レコード協会が発表した2013年1〜6月の累計生産データでは、CDなどを含むオーディオ/ビデオ合計では101%と微増でした。Blu-ray Discの音楽ビデオに限ると、前年同期比162%と伸張しています(→日本レコード協会の資料)。

 CDについては、邦盤CDの合計(8センチ、12センチ)はちょうど前年並みの100%。アイドルの“握手戦略”などもあるので数字を鵜呑みにはできませんが、一方で良心的かつ上質なコンテンツが制作されていることも要因として挙げられるのではないでしょうか。またアナログディスク(レコード)見直しの動きもあり、こちらの邦盤は前年比248%と伸びています。

 Blu-ray Discは、全映像メディアに占める構成比で45%に達しました。これは米国よりも上です。ソニーのMastered in 4Kやパナソニックのマスターグレードビデオコーディング(MGVC)のように、画質を向上させる試みもあります。またBDオーディオや高音質CDなどにも新しい動きが出てきました。今回はそれらの最新動向をまとめて紹介しましょう。

タワレコの復刻クラシック盤(通常CD)

タワーレコード渋谷店

 まず、私が注目しているのがタワーレコードの動向です。新宿店、渋谷店でよく買い物をするのですが、品数が多く試聴環境も整備され、聴いてみて、気に入ってCDを買うことも多いです。大手のカタログを充実させているのはもちろん、インディーズや自主制作物も多くそろえています。

――インディーズ作品などは情報が少なく、購入に躊躇(ちゅうちょ)する人も多いのではないでしょうか

 確かに迷われるケースも多いと思いますが、タワーレコードではPOPによる紹介にくわえ、試聴機も充実しているのがとても親切です。実際に音楽を聴き、知らなかったアーティストを発見できますから、音楽ファンは注目ですよ。

 もう1つ、“オリジナル企画盤”というものがあります。これは、廃盤になった過去の演奏をタワレコがプロデュースし、自らのリスクで再発売するものです。大手レコード会社は売れ筋しかリリースしません。しかし、音楽ファンはもっとディープな、ロングテールな音源が聴きたい……ですね。そんなニーズに応えるべくタワーレコードは、復活活動を熱心に繰り広げているのです。大手メジャーの廃盤シリーズを始めこれまで約650種以上のアイテムをリリースしてきました。

 中でも日本コロムビアと共同企画したレコード頒布会コンサートホール・ソサエティ音源シリーズはすばらしい内容です。これは、日本コロムビアが厳重に保管していた音源を使用した復刻シリーズで、カール・シューリヒト(1880〜1967)指揮のバイエルン放送交響楽団「ワーグナー名演集」など、かつてのレコード頒布会「コンサートホール原盤」をCDで復活させました。私も昔、会員でしたからとても懐かしい。アナログ黄金時代のドイツ/フランスの一流オーケストラの演奏は非常に音楽性が高く、7月の第1期5タイトルに続き、8月9日には第2期5タイトルが発売されましたが、タワーレコードのベストセラー1位を獲得かるなど大きな人気を得ています(→タワーレコードの製品情報ページ)。価格も1200〜2000円と手頃。当時、レコードは高級品でしたが、今はそれをCDで手軽に入手できるのです。

タワーレコードの「コンサートホール原盤」復刻シリーズ。「ワーグナー名演集」(左)と「ベートーヴェン:交響曲第6盤『田園』」(右)。価格はいずれも1200円

 いくつかのタイトルを実際に試聴しました。以前レコードで聴いたときに「響きは素直だが、解像感は高くない」と感じたのですが、どうやら当時の製盤技術が問題だったと分かりました。今回、子マスターテープからのハイレゾ制作によりリマスターしたことで、同レーベルとしては未曾有の高音質に生まれ変わりました。驚異的な解像感と透明感といっていいでしょう。ジャケットは初出時のオリジナルを採用……と、マニア心をくすぐる仕掛けも豊富です。

 オリジナル企画盤では日本の名指揮者・山田一雄/日フィルのライヴ作品も人気ということです。「山田一雄&日本フィルの芸術4」のベートーヴェン交響曲第3番「英雄」は、最晩年1988年のサントリーホールでの貴重なライヴです。山田がもっとも得意としていたベートーヴェン作品だけあって、音楽の燃焼性が熱く、同時に精神性が深い。スマートさと勢いのバランスも上質でした。

 このように、過去のすぐれた作品をレコード会社ではなくレコード店がプロデュースして世に出す試みは、音楽ファンとしては大いに歓迎したいですね。タワーレコードは本家アメリカでは経営破たんしましたが、日本では元気いっぱい。音楽ファンの心の琴線に触れるサービスに感謝です。

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