いままでどれだけ「航空工学」を応用しても、風効率を1%上げるのに何カ月も掛かっていたものが、アホウドリの羽根を真似て作ったプロトタイプは、いきなり20%も効率を高めることに成功したのだ。
「最初は測定ミスかと思いました。しかし、何度測定しても結果は同じ。驚きました。周囲からは、『デビルウイングか?』とか『エイヒレっぽいと』か言われましたけど」
ここから、シャープの「生物模倣技術」の応用がスタートする。
まず最初に着手したのが、プロトタイプの羽根をさらに改良し、エアコンの室外機用の羽根を開発すること。鳥の翼の平面形を応用したプロペラファンだ。鳥の中でもっとも滑空力が高く、数万キロも飛び続け、高効率な翼を持つアホウドリと、陸上のきわめて強い乱気流のなかでも安定して飛ぶことができるイヌワシの羽根形状を応用した。
「アホウドリの細く鋭い翼平面形状とイヌワシの先端が分かれた翼平面形状を組み合わせ、さらにほとんどの鳥にある親指のなごり、小翼羽を作ることで、空気の渦を発生させます。従来の翼では剥離領域となっていた中心部まで剥離を抑え、効率を上げることに成功しました。結果、従来のファンより120〜130%高効率化することに成功し、さらに1.5〜2Bbの低騒音化、20〜50%省資源化などに成功しました」
「生物模倣技術」により、非常に精度の高い室外機用の羽根が生み出された。さらにこれにより消費電力も20%ほどカットできたという。
このプロペラファンは、2008年発売のエアコンに初めて採用された。ただ、この時はまだ世間に「生物模倣技術」の存在は公表しなかったという。それが日の目をみたのは、2010年発表のエアコン室内機にトンボの羽根の断面形を応用した時だ。
「従来使っていた航空工学を応用したシンプルな曲線のファンブレードを、トンボの翼の断面形を応用した不規則にギザギザとなっているファンブレードに変更しました。これは航空機型のものに対し、トンボのギザギザの羽根の方が周りに渦のが形成され、翼面の摩擦抵抗が小さくなるというところからの応用になります」。
これによりエアコンの低騒音化と高効率化に成功。従来の室内機用シロッコファンと比較して、3〜5dBの低騒音化、30%もの風の高効率化、さらに10%の省エネ化を実現する。
エアコンの成功により、弾みがついた。次はいよいよ、大塚氏が最初の学会で話を聴き、その「生物模倣技術」に取り組むきっかけとなったイルカの技術を応用することを決意する。イルカは水の生き物ということで、大塚氏が選んだ家電は洗濯機だった。
「縦型洗濯機の底で回転するパルセータの表面に、イルカの表皮を波長対振幅の数値に合わせて溝筋をつけました。イルカの表皮はしわとしわの間に渦が形成され、ベアリングの役割を果たし、摩擦抵抗を低減するといわれてますが、その仕組みを応用した形です。さらに、これを挟むように四つ葉のクローバー形状にも溝筋を作りつけました。ドルフィンスキャンパルセータと名付けたこの仕組みによって、水の摩擦抵抗を低減。モーターの負荷も軽減しています。また、パルセータの裏側には、イルカの尾びれのような三日月翼を4方向X状に配置することで、裏側に入り込んだ水を大幅に掻き出すことで洗浄力を向上しています。これを『ドルフィンクキック水流』と名付けました」。
これによってどう変わったか? 従来方式の洗濯機と比較し、洗浄力で15%アップ、洗浄ムラを30%ダウン、さらに水量を15%、洗剤量を50%、消費電力量や時間短縮を18%それぞれ低減したという。
こうした成果により、大塚氏にとって「生物模倣技術」を取り入れることが、自信から確信へと変わったという。その後、サイクロン掃除機用のゴミ圧縮ブレードにネコ科動物のザラついた舌構造を応用したりするなど、大きな成果を出し続けた大塚氏。
だが、失敗は発明の母とでもいうべきか。それまでの成功体験を応用したことで、とんでもない失敗作(プロトタイプ)を作ったこともある。
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