「実は扇風機です。回転する羽根ということで、すでにエアコンの室外機用にアホウドリで成功していた自分は、それをそのまま扇風機に応用しようとしました。それで省エネ性が高く、回転効率の良いプロトタイプを作って意気揚々と商品開発の会議に持ち込んだところ、まさに総スカン状態。理由は明白でした。エアコンの室外機の風は人に直接当てるものではありません。その風は雑なもので、快適性とはほど遠い風を吹かせていたのです」(大塚氏)。
この経験をもとに、まさに原点に戻ったという大塚氏。あらためて優しい風を生み出す蝶であるアサギマダラを見つけ、その羽根の仕組みを応用する。
「アサギマダラって聞き慣れない蝶の名前だと思いますが、この蝶はあまり細かく羽ばたかずに、ひらひらと滑空するだけで、海を渡って2000キロも飛んでしまうといわれています。この飛翔能力のメカニズムは、例によって解明されていないのですが、この“あまり羽ばたかずひらひら”という飛翔方法を、圧力変動や風速ムラを生じないところから、快適性の高い扇風機のファンブレードに応用しました。翼1枚1枚を蝶の羽根の形に似せて、翼を中央で大きくねじって折り曲げ、翼の根元と外周部の角度をわざと食い違わせ、風にうねりを与えました。また、蝶の羽根特有の“中央のくびれ”を採用することで、7枚でありながら14枚分の圧力変動を生み出し、それを7枚連ねて回転させることで、風速ムラを完全除去、これによりムラのない滑らかな風を生み出すことに成功しました」。
ここまで大自然に学べ! を合い言葉に「生物模倣技術」を応用し続ける大塚氏だが、1つ疑問が残る。なぜ「航空工学」で達成できずに、「生物模倣技術」の応用でこれらを達成できたのだろうか? それについて大塚氏はこう答える。
「これは流体力学において、粘性をもつ流体のふるまいを特徴づけるレイノルズ数(下記)に関係があります。簡単に言えば、このレイノルズ数により、航空工学で導き出されるさまざまな数字は、航空機や宇宙ロケットなど大きな物体を動かすのに使われるものには有効でしたが、小さい家電などに応用する場合、あるレベルを超えると、その効果が出にくくなっています。逆に『生物模倣技術』で登場するような生物などの仕組みは、航空機などに比べて家電にサイズ感が近いため、効果が出やすかったということでしょう」。
2014年1月現在、22品目をに17種類の動植物の技術を応用し、「生物模倣技術」製品を出し続けるシャープと大塚氏。だが、その勢いはまだまだ止まらない。この春、さらに新たな“隠し動物”を引っさげ、今までにないジャンルの製品を出す予定ということだ。
「これからも“大自然に学べ”で、あっと驚く生き物の技術を応用して、どんどんいい製品を作っていければと思います。自然は無限の可能性を秘めてますから」(大塚氏)。
典型的な流速U、流体中の物体の大きさL、粘性率η、密度ρを用いると、無次元量の数R=ρUL/ηが導かれる。このRをレイノルズ数といい、Rを同じくする流体は物体周囲で同じような(相似関係にある)流れとなる。これをレイノルズの相似則、または流れの相似則といい、飛行機や自動車の小さな模型を用いた風洞実験などに利用されるものだという。
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