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「炭釜」に「蒸気レス」――高級炊飯器を牽引する三菱電機の技術滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」(1/3 ページ)

» 2014年07月31日 17時33分 公開
[滝田勝紀,ITmedia]
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 10万円を超えるような高級炊飯器が売れている。その先駆けとなり、市場を生み出したのが2006年に発売された三菱電機のジャー炊飯器「本炭釜」だ。その流れを現在も引き継いでいるのが、蒸気レスIH炊飯器「本炭釜」である。

 そもそも、なぜ三菱電機は内釜に炭を採用したのか? さらに「蒸気レス」という革新的な技術はどのように登場したのか? ここでは、その開発に情熱を傾け続ける、三菱電機、ホーム機器家電製品技術部長の長田正史氏に話を聞いた。

三菱電機、ホーム機器家電製品技術部長の長田正史氏

 「ジャー炊飯器は、年間600万台前後の市場規模で推移しています。1979年にマイコン式、1988年にはIH式が登場するなど、ここ数十年もの間、各社が毎日食べるお米を、いかに美味しく炊けるかで競い合ってきました。そんな中、三菱電機が2006年に満を持して送り出したのが、『炭釜採用の本炭釜』です。この製品が炊飯器市場を活性化し、それまでのコモデティー化に伴う低価格化の回避に貢献するとともに、各社が内釜にこだわる“内釜戦争”の幕開けとなりました」(長田氏)。

 実はそれまでも、ジャー機能(保温機能)と炊飯器を合体させたり、ワンプッシュオープンを搭載したりと、炊飯器にとって初めてとなるさまざまな機能を、他社に先駆けて発表していた三菱電機。だが、その後、炊飯器市場では2000年代前半ぐらいまで苦戦を強いられていた。

 そうした状況の中で長田氏は原点に立ち返ろうとした。「炊飯器にとってもっとも大切な要素は、“いかに美味しくご飯を炊けるか?”です。美味しいご飯を炊くためには内釜にこだわらなければダメだということに気づき、本気で美味しくご飯を炊くために選択した内釜素材が“炭”でした。2004年にたまたま私がある情報番組を見ていた時に、炭で作った鍋が紹介されたことで、炭素素材の熱伝導率が良く、鍋全体が一気に発熱し、泡の発生が多いことに気づいたのです」。

本炭釜(写真は2014年モデルのもの)

 “炭”は何が優れているのだろう。「炭には他の素材とは比較にならないほど卓越した炭釜特性があることは間違いありません。内釜全体を発熱するための磁力線の浸透が深く、電気抵抗や温めた熱の伝導率は高く、素材の密度が低いので,素材中の気泡により,沸騰核が最大化され沸騰時の泡の発生量が多かったのです」。

 炭を釜の素材に使用した場合、IHコイルに電流を流すことで発生した磁力線が、素材の中に深く浸透する。その深さは約10ミリ前後。これに対して、一般的なステンレスでは0.24ミリしか浸透しない。熱源であるIHの磁力線が釜に浸透する深さが、炭釜はステンレスに比べ約40倍、さらには電気抵抗で約13倍、熱伝導率も約7倍と本炭釜が優れている。つまり、炭は加熱効率が良く、釜厚全体が一気にかつ均一に発熱する。それが炭の持つ最大の強みだ。

三菱電機の資料

 とはいえ、炭を内釜に採用するにあたり、さまざまな課題があった。「量産には向かない素材で、なおかつ落とすと割れる可能性があるなど、耐久性の低さや、釜形状を作り出すのも困難であることも懸念されました。このため、“サッカーボールを半分に割ったような半球状に成型することはできないか?”と、まずは約40社ほどのカーボンメーカーに聞き取り調査をするところから始め、ようやくそういった技術を持つメーカーに巡り会いました」。

 その後は何度もカーボンメーカーに足を運び、量産の見通しも含めて確認を繰り返す。徐々に自信を深めていった長田氏だが、その頃に大阪府高槻市にある本格炭火焼肉店「一寸法師」に立ち寄ったことで確信に至った。「同店はご飯もガス火と炭羽釜で炊いているこだわりのお店です。そのご飯を食べた時、その美味しさに“いける!”と確信を深めました」。

 本格的な開発がスタートすると、同時進行で基礎研究所の技術者と、強度解析や熱解析など品質確保に向けた検証を進めた。また、本炭釜は“量産”といっても基本的に手作りである。1つの釜は3回も焼く必要があり、さらに最終のコーティング、シリアルナンバーのレーザー刻印まで含めると4カ月半もの時間が必要だった。なんとか釜の量産にはこぎ着けたが、長いリードタイムに加え、日産50個という数字では工業製品というより工芸品に近い。仮に人気が出ても供給が間に合わなければユーザーに迷惑がかかってしまうため、広報発表を控える異例の販売を開始した。

本炭釜の製造工程

 「それでも『本炭釜』で炊いたご飯の美味しさは、やはり間違いありませんでした。量販店のバイヤーとの商談で、当初7万9800円に売価を設定しようとしたところ、『9万9800円でも売れる』と高評価を受けました。それまでの最高級機は他社の6万円台だったことを考えると、その価格はかなりのチャレンジでしたが、販売のプロから“お墨付き”をいただいたのは、かなりの自信につながりましたね。もちろん、売価を上げた2万円分は、高級炊飯器として仕上げにこだわることに投資しました」。

 その後も口コミで評判が広がり、ふたを開けてみれば売れ行きは絶好調。半年で1万台を販売する大ヒット商品となった。増産体制を整え、10カ月で2万台を売り上げるも、結局、予約待ちの人が大量に出てしまう事態に。それでも高級炊飯器市場を形成する象徴的な商品として、ジャー炊飯器『本炭釜』は市場を牽引したといえる。

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