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» 2015年07月15日 10時30分 UPDATE

麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」:「新しい酒は新しい革袋へ」―― ハイレゾの新潮流「MQA」と録りたてハイレゾの魅力 (1/2)

ハイレゾ・エバンジェリストの麻倉怜士氏は、ここに来て今までとは違う流れのハイレゾが現れてきたと指摘する。今回は英Meridianが開発したMQAという新しいロスレスフォーマットの先進性と、ナクソス・ジャパンからリリースされる田村麻子さんのアルバムについて語ってもらった。

[天野透,ITmedia]

 一般にも“ハイレゾ”という言葉が広まり始め、それに従ってタイトル数や音楽ジャンルの幅も広がってきた。そしてハイレゾ・エバンジェリストの麻倉怜士氏は、ここに来て今までとは違う流れのハイレゾが現れてきたと指摘する。今回は英Meridian Audioが開発したMQAという新しいロスレスフォーマットの先進性と、ナクソス・ジャパンからリリースされる田村麻子さんの音楽性を存分に語ってもらった。

ts_avemaria09.jpg 昨年10月に来日した英Meridian Audioのボブ・スチュアート社長(中央)と山之内正氏(左)、麻倉怜士氏(右)

麻倉氏:ハイレゾの初期から考えると、ここ数年で過去のアーカイブ音源は随分とリッチなラインアップになってきました。過去の名演奏や名歌唱を、アナログのマスターからPCMやDSDといった最新のハイレゾデータに変換する手法です。かつてのアナログの、まさにハイレゾ的に入っている多大な情報を現代のハイレゾ技術で享受するというのは、ハイレゾオーディオの大きな楽しみの1つです。

――「イエローレーベル」の愛称で親しまれているクラシックの殿堂「ドイツ・グラモフォン」や、ジャズの名門「ブルーノート」で繰り広げられた名演の数々をはじめ、麻倉さんの大好きな松田聖子さんの音源なども出てきていますね。

麻倉氏:ですが、「新しい酒は新しい革袋へ」という格言があるように、新しい方式で記録した新しいコンテンツというのも大変に魅力的です。そういった新録ハイレゾが、ここ最近では盛んになってきています。それも、従来の24bit PCM音源ではなく、DSDやマルチチャンネル、ドルビーアトモスなど、新しい切り口が見えてきました。今回の閻魔帳は、これまでほんのさわりを紹介していた新しい流れをさらに具体的に突っ込んで行きたいと思います。

 まず、この秋から本格的に出てくるであろう、英メリディアンが開発した「MQA」(Master Quality Authenticated)です。私が新宿のビックロで毎月行っているオーディオセミナーで、このMQA音源の特集を行いました。音展を除いて、一般にMQAが披露されたのは初めてではないでしょうか。

――今年のCESで話題になった技術ですが、日本ではまだ耳慣れないですね。従来のものとどう違うのか教えて下さい。

麻倉氏:MQAは人間の聴覚心理に関する最新研究に基づいた、時間軸解像度の認識に関する技術です。人は時間軸方向の解像度が、以前考えられていたよりはるかに細かいレベルまで認識できる、という事が近年の研究で分かってきました。

 現代音楽に「4分33秒」という怪作があるように、音楽は時間軸の芸術です。なので時間軸解像度を従来よりも細かく収録してみようというのが、MQAの発想です。具体的には特殊なフィルタを既存のファイルに用いてインプリメントするという手法で生成します。

――従来のハイレゾは音波の横軸をサンプリング周波数として理解してきましたが、そうではなく時間を時間軸解像度という概念で捉えるところがMQAの革新的な部分というわけですね。

麻倉氏:昨年のオトテン(オーディオ&ホームシアター展2014)で、発明者である英メリディアンのボブ・スチュアート社長が講演しました。その時はボブさん所有のPC内で、MQAエンコーディングされた1962年のボブ・デュラン「ドントシンク・トゥワイス」や、田部京子さんが演奏するベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番『皇帝』 第2楽章」などといった、MQAの効果があるコンテンツが披露され、これらを聴いて大変感動しました。

ts_avemaria08.jpg ボブ・スチュアート氏の講演−−

麻倉氏:そしてこの秋から、e-onkyo musicが早々とMQA音源を投入すると発表しています。デコーダーに関してもオンキヨーとパイオニアのブランドで出る見込みです。そうなると気になるのは「メリディアンがデモするものだけではなく、もっと一般のコンテンツは?」ということになります。そこでビックロのイベントでは、クリプトンがやっているHQMストアから、ベルリン・フィル合奏団のロッシーニ「チェロとコントラバスの二重奏」、それから遠山景子さんが弾いたドビュッシーの映像音源を用意しました。

 この弦の音とピアノの音を素材にして、通常のハイレゾとMQAエンコードしたものとを比較してみようというのが、今回の試みです。1つはFLACの192kHz/24bitで、もう1つはMQAの48kHz/24bitです。MQAはパラメーターではお情けをかけてハイレゾなのに対して、もう一方はバリバリのハイレゾですね。チェロとコントラバスの二重奏は、カメラータ・トウキョウの代表的なものです。

――カメラータ・トウキョウは丁寧な音づくりに定評がありますよね。それだけに音質の差が見えやすいので、今回のような試みにはうってつけです。192kHz音源に48kHz音源が太刀打ち出来るか、これは見ものですね

麻倉氏:メリディアンジャパンから「Explorer-2」という小型のDAC内蔵アンプが発売済みで、この中にMQAデコード機能が搭載されています。今回はこれを使って試してみました。まずロッシーニですが、冒頭のトレモロ(同じ音の連奏)の、低音の雄大さと低音から発せられる倍音の豊かさが、かなりMQAの方が増していると感じられました。中域も表情が細やかで、演奏の機微がより出ています。高域の質感はどちらも同じくらいですね。なので、低域の方が良い意味で目立っていました。192kHz FLACと比較して、48kHz MQAの方が目立って印象的な部分が多かったと思います。ドビュッシーのピアノは、さすがにアタックや響きの出方、高域のきらめきなどといった部分で、192kHz FLACの方が良かったです。でも48kHz MQAのハイレゾにせまる感じは、従来のローレゾの域を超えていました。

ts_avemaria02.jpg メリディアンジャパンから発売されているアンプ内臓のポータブルDAC「Explorer-2」。MQAデコードチップが内蔵されている。接続端子はMini-USBだ

――48kHzで192kHzにそこまで迫り、やもすると追い越している部分があるということですか。これはちょっと見過ごせない事件ですよ!

麻倉氏:MQAの考え方として、1つは「音質向上」、もう1つは「ダウンサイジング」というものがあります。これまでハイレゾというと、サンプリング周波数を96k/ 192k/ 384kHzといった調子で倍々ゲーム的に上げてきました。ですがここにきて、スペックをいたずらに上げてもファイルサイズが大きくなるばかりで、音質向上に寄与する度合いが低くなってきていると、開発者のボブ・スチュワートさんは考えたのです。パフォーマンスで言うと効率が悪い。MQAはこうした潮流に対して、リデュース、ダウンサイジングという方向性を打ち出しました。しかも、ただ容量を抑えるだけではなく、それと共に音を良くするというところがポイントですね。

――ファイルサイズの増大はハイレゾの悩みのタネです。いくらストレージの単価が下がってきたとはいえ、数百Gバイト、場合によっては数Tバイトにもなるライブラリを管理しなければならないですから。特にポータブルユースでは多くの人が頭を抱えています。

麻倉氏:MQAはロスレス圧縮技術(可逆圧縮)が非常に優秀で、ハイレゾ音源であってもビットレートをCD以下に抑えることが可能です。この低容量を活かして、ノルウェーではハイレゾのストリーミングサービスも始まっています。

――ハイレゾがストリーミングですか。192kHz/24bitの音源を安定して配信するには10Mbpsが必要なので、従来の帯域幅では考えられないサービスです。

麻倉氏:米Appleも「apple music」というストリーミングサービスを始めるなど、音楽マーケットの流れは全世界的にストリーミングへ向かっています。そのストリーミングもハイレゾに向かっているということになるわけですが、ハイレゾにストリーミングというのは、私はまだ早いと思いますね。

 なぜかというと、ハイレゾはパッケージメディアの延長にあって、1つ1つの楽曲を大事に聞いていこうという流れを代表しているからです。新しい切り口で一曲一曲を大事に聴く、自分が「音楽を愛でるぞ」と。こういった姿勢が、今のハイレゾのトレンドに結びついているのではないでしょうか。

――定額制の音楽配信サービスが各種ある中で、わざわざ高音質の音楽を“買い切る”という行動は、“消費”よりも“鑑賞”と形容する方が合っていますね。

麻倉氏:そうそう、良いこと言いますね。そういう意味でMQAは、ファイルサイズが下がるという面よりも、より音質的な魅力が大きいというところをメインにして訴えかけるほうが、特に日本のマーケットというところでは良いと私は考えました。ボブ・スチュアート氏に確かめないといけませんが、48kHzの音源でこれだけ良いならば、96kHzになるともっと良くなるという気がしてなりません。

 ですが、物の考え方として「省エネで行こう」というのが最初にあるので「果たして音質向上の係数がどのくらいあるのか」という点は未知数です。まあ192kHzにする必要は無いでしょうけれど、半分の96kHz辺りでMQAの良さがより出てくるといいなと、こう考えるわけです。

――やはりオーディオ趣味としては「より良い音」「より良い音楽」を求めずにはいられませんから、サンプリング周波数を上げて音が良くなるのならば、是非ともそれにチャレンジしてみたいとなりますね。

麻倉氏:今回もMQAが完全に上回ったというわけではないですが、これでサンプリング周波数を上げると、かなり音質向上が見られるのではという期待が持てました。日本ではまだリリースの正式発表はされていませんが、業界のあちこちで色々と噂は出ています。ハイレゾ界隈に新風が吹き込むことを期待したいですね

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