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デジタルフィルターの仕組みと効果――ESS直系、レゾネッセンス・ラボのポケットDAC「HERUS+」を試す(2/5 ページ)

» 2016年01月08日 15時04分 公開
[山本敦ITmedia]

 1つは、Saber DACチップに標準搭載されている「Sabre Fast Roll-Offフィルター」だ。一般に「FIR(Finite Impulse Response)フィルター」と呼ばれる種類のもので、信号の時間軸特性よりも周波数特性を重視して設計されたオーソドックスなデジタルフィルターである。FIRフィルター自体は急峻(きゅうしゅん)な遮断特性を持ち、エイリアスノイズを効率よく除去することができる反面、“プリエコー”や“プリリンギング”と呼ばれる、無音部分の前後に発生する音がかすかに聴こえるデジタルオーディオ特有のノイズを伴うものだが、ESSが開発した「Sabre Fast Roll-Off」はこのプリエコーを極限まで低く抑えた点が特徴だ。音質的にはクリアな音色と明瞭(めいりょう)な定位感、特にクールな高音域などいわゆるデジタルオーディオらしいキャラクターを持っている。

本体が通電するとロゴが青色に点灯。デジタルフィルターは「Sabre Fast Roll-Offフィルター」が選択されている

 残りの2つはレゾネッセンス・ラボが独自に開発したデジタルフィルターだ。1つは「Minimum Phase IIR(Infinite impulse response)フィルター」と呼ばれるもので、信号の時間軸特性を重視したことから、優れたインパルス応答を備え、プリエコーやプリリンギングを発生させない点が大きな特徴になる。音楽信号をデジタルに標本化する際、もともと自然界には存在するはずのないプリエコーが除去でき、アナログ回路で設計されたフィルターに特性を近づけられることから、殊にデジタルオーディオ再生においては好まれがちなフィルターではあるものの、代わりに周波数特性についてはある帯域の音が進んだり遅れたりすることで位相にバラツキが生まれる場合がある。音質的には定位感が若干緩くなるものの、音の輪郭からはいかにもデジタルっぽいフチドリ感が取れて、独特なきめ細い柔らかさが表れる。

IIRフィルターのインパルス応答とステップ応答

 もう1つの「アポダイジングフィルター」は、ちょうどFIRとIIRのフィルター特性の中間に位置づけられるものだ。もともとアポダイジングフィルターという手法自体はレゾネッセンス・ラボ独自のものではなく、他社にも同様の手法でそれぞれに異なる特徴を持つアポダイジングフィルターをDACチップに搭載している事例がある。レゾネッセンス・ラボのアポダイジングフィルターは対称型のインパルス応答を備えながら、プリエコーの発生は最小限に抑制。聴感的には豊かな音場感を持った鮮度の高いサウンドを特徴としている。

Apodizingフィルターのインパルス応答とステップ応答

 抵抗やコンデンサーを組み合わせて作られるアナログフィルターの特性をデジタル領域で再現しようとするならば、IIRフィルターによるアプローチが近道となるが、一方でデジタルオーディオの信号処理として数学的な手法に基づいて設計すればFIRフィルターが正答ということになる。プリエコーの発生を徹底的に回避するためにIIRフィルターのみを搭載するオーディオ製品もあるが、レゾネッセンス・ラボは1つのデジタルフィルターに固定することなく、複数のデジタルフィルターをユーザーが切り替えられる仕様を提案している。その背景にはどんな理由があるのだろうか。

 デジタル信号処理のエキスパートであるレゾネッセンス・ラボのエンジニアたちは、ユーザーそれぞれの再生環境や、機器の組み合わせによって“最適な音”は変わると知っている。だから彼らのポリシーは、“オーディオには正解はない”。あえて複数の選択肢を設けることにより、ユーザーが主体的に選びながら楽しめるようにしているのだ。

 どの製品にもデジタル信号処理技術のエキスパートであるレゾネッセンス・ラボのエンジニアたちが、それぞれの観点からベストを突き詰めて完成させた高精度なデジタルフィルターが搭載されているのだが、中でも最上位の「INVICTA V2」には全部で7種類のデジタルフィルターが搭載されている。それぞれのフィルターは製品の開発途中段階で多くのベータテスターからフィードバックを得ながら、多くの支持を集めたものを厳選して採用したのだという。

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