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» 2017年06月05日 18時13分 UPDATE

麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」:4K/HDRプロジェクターのリファレンスにJVC「DLA-Z1」を選んだ理由――麻倉シアター大改革(前編) (1/4)

[天野透,ITmedia]

オーディオ・ビジュアル文化を牽引する現場として、AV評論家、麻倉怜士氏のリファレンスシアターは重要な空間だ。そんな「麻倉シアター」がこの春に大改革を敢行、「4K」「HDR」「MQA」といった最新のAVトレンドに対応する世界のハイエンド機を導入したという。今月は映像と音の2回に分け、麻倉シアターの最新動向をリポート。最新機材の傾向から「オーディオビジュアルの世界は何を目指しているか」を麻倉氏が語る。前編は映像編、主役はJVCの4Kプロジェクター「DLA-Z1」だ。

麻倉シアターのリファレンス機となった「DLA-Z1」。念願のネイティブ4K対応で麻倉氏も「ついに本物のビクターの絵が見られる」とご満悦

麻倉氏:この春、私のシアターでは、プロジェクターにJVC「DLA-Z1」を、DACはメリディアン「ULTRA DAC」を導入し、映像と音の機材を同時アップグレードという大改革を決行しました。

――評論家のリファレンス環境において、複数の機材を同時に更新するというのはなかなか思い切った行動ですね

麻倉氏:それほどまでにこの2機種はたいへん重要なものです。今回は私のAVヒストリーを交えて、シアター更新のお話をしましょう。まずは「プロジェクターはなぜビクターになった?」というお話からです。

 私は1980年から「特選街」(マキノ出版)で評論家生活をスタートしたのですが、この時は古い家で、専用のシアタールームもありませんでした。しかしオーディオビジュアルの評論家というものは自らの居城を持っていて、そこをリファレンスに論を展開するのが重要な条件です。なので当時の私にとってこれは由々しき問題でした。

 そういったこともあり、1987年に今の家を建てました。今はもっと広い部屋が可能ですが、この時は22畳が(1部屋の)建築限界で、目一杯の広さを確保したのが私のシアタールームです。ツーバイフォー工法の二重梁で、窓も2重にしているため、面積的には少々狭いですが。この時に考えたのは「プロジェクターを是非入れたい」ということ。ですが当時は民生用ビデオプロジェクターといったものなどはなく、自宅にプロジェクターを入れるなどということは夢のまた夢、AVにとって究極のぜいたくでした。

――それを思うと、今はエントリークラスならば10万円以内でプロジェクターが手に入るわけですから、随分と良い時代になったものです。しかし当時マイナージャンルだったプロジェクターにこだわったのはなぜでしょう?

麻倉氏:それを説明する分かりやすい例は1989年にシャープが「驚異の100インチ」として売り出した液晶プロジェクター「XV-100Z」ですね。当時はソニーをはじめとした業務用プロジェクターならば、いくつか選択肢がありました。その中でこれは随分と評判になったのですが、まだまだ「大画面の絵が映った! バンザイ!」というレベルのもので、画質などは二の次、三の次でした。何せ画素数がなんと驚きの27万画素ですから。

シャープが“100型液晶ビジョン”として89年に発売した液晶プロジェクター「XV-100Z」(出典:シャープホームページ)

――27万画素って、初期のケータイカメラくらいですか

麻倉氏:それでも大画面の魅力はスゴいんですよ。最初はまるで金網越しに映画を見ているような感覚で、メッシュ感が非常に目に付きます。ところが10分も見ているとそれが気にならなくなります。そんな大画面の力を私が感じたのは、1980年代の大先生である山中敬三先生宅に遊びに行った時でした。先生のシアタールームに入ると150インチの大迫力スクリーンとともに「ジャーン!」という感じでバルコがあったんです。そこで観せてもらった絵には、画質はそこそこであっても、画面の大きさという感動がありました。これは今でもいえることですが、圧倒的物量の力といいましょうか、そのような感動を得たわけです。これでもう「入れるならバルコだ!」と。

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