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MQAの音が良い理由 ニューロサイエンスが解き明かした聴覚の“真実”(3/5 ページ)

» 2017年10月31日 14時53分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:MQAへの賛同はかなりのメーカーにのぼり、ボブさんによると現在進行形で話が進んでいるので、未発表のものがすごく多いのです。冒頭にワーナーのリリースを挙げたとおり、ついにソフトウェアメーカーの大手までも賛同を表明しました。プロフェッショナルだけではなく、誰にでも分かるレベルでMQAは音が違います。感動の力がスタジオのミュージシャンだけでなく、管理者や経営者までを動かしたのです。新時代の音楽的ハイレゾがここから始まる、それが理解されたからこその広まりです。

 音楽に宿る力を感じさせるMQAですが、その実態に関してはなかなか理解されているとは言えないのが実情でしょう。そこで今回、ボブさんに「MQAはどう考え出したのか」を聞きました。

――“オーディオ折り紙”など、技術的な点での関心を集めているMQAですが、FLACなどの単なる可逆圧縮フォーマットとは一線を画すものですね。そこには発想の飛躍があり、これを理解していないと「容量が軽くて音は良いけど、何をやっているかよく分からない怪しげな謎技術」となってしまいます

メリディアンオーディオの共同創業者、アラン・ブースロイド氏とボブ・スチュアート氏の若き日の記念写真。この頃のボブ氏は、メリディアンオーディオで開発の最前線に立っていた

麻倉氏:ポイントは「音響心理学」(Psychoacoustics)とオーディオ」。音響心理学とは“人間は音をどう感じるか”という研究で、ボブさんは10代からこれを考えはじめ、バーミンガム大学と王立ロンドン大学でも音響心理学とエンジニアリングを専攻してきたスペシャリストです。当時から「音楽におけるナチュラルとは何か」を考えており、デジタルオーディオ時代に入るとその関心はアナログとデジタルの差に移りました。テープもビニール(レコード)も、アナログは入口から出口までがナチュラル。それに対してデジタルが自然ではないのはなぜか。どうしてデジタルは異質なものになってしまうのかという問題です。

 デジタルミュージックの曙であるCDが最初に出た時には「ノイズがない」「ワウ・フラッターがゼロ」「セパレーションが良い」「頭出しができる」といった、物理的な特性の良さが大きくクローズアップされました。しかしその音が周知されるにつれて「CDは音が硬い」「音的なナチュラルさに欠ける」など、いわゆる“デジタルっぽい”という評価も多く出てきます。一方で当時のPCMレコーダーが使っていたデジタルテープ記録フォーマット“ダッシュフォーマット”というものもあり、これは意外と良い音でした。CDと何が違うかというと、ダッシュフォーマットはデジタルフィルターが浅く、これによる弊害が少ないのです。ここから“フィルターの重要性”という着眼点が出てきます。

 また、ハイレゾは44.1k/96k/192kHzとサンプリングレートを上げる進化をしてきましたが、一定以上になるとデータ量が増えても音の良さは比例しなくなるという問題もあります。特に44.1kHzから96kHzと、96kHzから192kHz、192kHzから384kHzの音質向上は明らかに違い、サイズが大きくなっても音はそれほどは良くなりません。さらに2010年台頃はDSDが台頭し、一方で利便性を追求したAACやMP3といった非可逆圧縮が発展するなど、フォーマットが入り乱れてきました。音を良くしようとする方向性と、データ量を削ろうとする方向性。てんでバラバラな2つの方向性を統合したい。こういったところをボブさんはずっと考えていたのです。

2003年発売のメリディアン製CDシステム「G07」。アラン・ブースロイド氏のインダストリアルデザインで、この頃から最新製品「Ultra DAC」に至るまで、コンポーネントデザインの基礎は変わっていない

麻倉氏:ボブさんはアップサンプリングコンバーターを開発するなどして、音楽メディアのデファクトスタンダードとなっているCDの音をいかに良くするかという問題に取り組みました。スタジオのマイクからのダイレクトな音とテープに録った音、それをデジタルに落とした(AD-DA変換をかけた)音を比較すると、明らかに違う。この差をいかになくすか。特にデジタル音声の時間軸変動を抑える「de-blur」(デ・ブラー)に苦心したそうです。

 カギとなったのは新サンプリング技術。オーディオ分野では長らくPCM(パルス符号変調)が用いられており全く変わっていないですが、宇宙や医療などのデジタル画像処理/サンプリング技術では近年目覚ましい発展を遂げています。そしてもう1つ、大きな変革をもたらしたのがニューロサイエンス(神経科学)です。音響心理学の専門家であるボブさんは、その考え方の違いに大いに刺激を受けたと話していました。

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