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» 2004年11月02日 18時50分 UPDATE

News Weekly Access Top10(2004年10月24日−10月30日)ネットが変えた、被災地情報

阪神淡路大震災と新潟県中越地震。前者はネット普及前、後者は普及後に起きた。

[岡田有花,ITmedia]

 1995年1月17日早朝。兵庫県西宮市の実家でラジオを聴きつつ机に向かっていると、部屋が揺れ始めた。いつもの小さな地震だろうと思っていたら、揺れはどんどん激しくなり、ラジオはぷつりと切れた。座っていられなくなり、立ち上がって本棚につかまった。縦揺れの後、激しい横揺れが1分間続いた。家の中はぐちゃぐちゃになり、電気、ガス、水道、すべてが止まった。

 揺れが収まると家族で家を出て車に避難し、ラジオをつけた。「大阪で震度5」などとのんきなアナウンスで、震源に近い地域の情報は全く入っていなかった。

 新潟県中越地震の第1報を知ったのは、ラジオではなくインターネットだった。地震計が無事だった地域の震度だけが伝えられ、被災状況がなかなか見えなかったのは、阪神淡路大震災時と同じ。被害がひどく、通信手段もやられて情報が入らないんだろうと直感した。

 阪神大震災時、記者の実家の電気は約4時間後に復旧した。ぐちゃぐちゃになったリビングを片付けていたちょうどその時、TVが付いた。神戸市長田区が燃えていた。高速道路が倒れていた。神戸の見慣れた風景が、ことごとく壊れていた。恐怖に震えた。神戸に住む友達は無事か、祈るような気持ちで電話をとった。通じなかった。

 NTT東日本によると、阪神大震災直後、通常の約50倍の入電が兵庫県に集中。輻輳(ふくそう)が起き、つながりにくくなっていたという(関連記事参照)。遠くに住む親戚に無事を伝えようにも手段がなかった。

 中越地震では、インターネットと携帯電話が安否確認に活躍した。NTT東によると、同社のフレッツサービスは、ループ状に配線したケーブルの1カ所で断線があったものの無事。NTTドコモのパケット通信も、基地局が無事なエリアでは通常通り利用できたという。ネットのおかげで、中越地震の安否確認は、阪神大震災時よりも迅速にできたと考えて間違いないだろう。

 ネットなら、TVなどが伝えきれない被災地からの生の情報をリアルタイムに伝達できる。政府や自治体は、Webサイトを通じてボランティアを募集したり、不足している物資を挙げて協力をあおいでいる(関連リンク1関連リンク2)。

 電話がつながらなくても、TVのニュースでは何も分からなくても、ネットを見れば何かある――阪神大震災から9年。インターネットが被災情報を変えた。

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