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» 2005年02月03日 22時42分 UPDATE

AMD Award授賞式に麻生大臣、ひろゆき氏、キティちゃんまで登場

優れたデジタル作品を表彰する「AMD Award」の各賞を、「電車男」「jigブラウザ」「mixi」などが受賞。表彰式には「2ちゃんねる」のひろゆき氏やjig.jpの福野社長、イー・マーキュリー笠原社長などが登場した。

[岡田有花,ITmedia]

 優れたデジタル作品を表彰する「AMD Award」の第10回表彰式が2月3日、都内で行われ、携帯電話向けフルブラウザ「jigブラウザ」を開発したjig.jpの福野泰介社長や、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)「mixi」を運営するイー・マーキュリーの笠原健治社長、「2ちゃんねる」のひろゆき氏などが出席して受賞の喜びを語った(関連記事参照)。

 AMD Awardは、デジタルメディア協会(AMD)が主催し、総務省などが後援。デジタル作品の質の向上と人材育成を目的にしている。

 ベストプログラマー賞を受賞した「jigブラウザ」を開発した福野社長は「PCでしか見られなかったサイトを携帯で見られるようにしただけだが、簡単ではなかった」と苦労を語った。審査員のITmedia Mobile・斎藤健二編集長は「PCと携帯のインターネットは、似ているようだが異なる部分が大きい。2つをうまく結びつけたのがjigブラウザ。開発は難しく、ベストプログラマー賞にふさわしい」と評した。

yu_amd_01.jpg 「プログラミングは小3のころ始めた」と福野社長
yu_amd_02.jpg jigブラウザが動いている携帯電話を手にする斎藤編集長

 2ちゃんねる発の恋愛ストーリー「電車男」がベストライター賞を受賞。受賞式に出席したひろゆき氏は、ジャケットにジーパン、サンダルというラフな格好で「電車男は(ベストビジュアルデザイナー賞を受賞した)CASSHERNのように世界を救う訳じゃない。男の子が女の子を好きになるという、行き当たりばったりのよくある話。何でデジタルコンテンツの賞をもらえるのか分からないが、また機会があればよろしくお願いします」と話して会場の笑いを誘った。

yu_amd_03.jpg 他の受賞者が軒並みタキシードで正装する中、ラフな格好で登場したひろゆき氏

 ベストプロデューサー/ディレクター賞に選ばれた「mixi」を運営するイー・マーキュリーの笠原社長は「SNSという新しい世界を少しでも切り開きたい」と抱負を語った。

yu_amd_04.jpg 「この喜びをユーザーの皆さんと分かち合いたい」と笠原社長

 大賞を受賞した「イノセンス」の制作委員長・奥田誠治・日本テレビ映画事業部長は「5年前、石川(光久:プロデューサー)と押井(守:監督)を“男”にしようと誓って作った作品が、今、世界で評判になっている。デジタル技術はもちろん必要だが、世界に伝えるには“人の気持ち”も重要だ」と話した。

yu_amd_05.jpg 功労賞を受賞したハローキティは、デザイナーの山口裕子さんと一緒に登場。無言ながらさまざまなポーズをとり、受賞の喜びを全身で表した

 プレゼンターとして壇上に立った麻生太郎総務大臣は「日本の高齢化は進んでいるが、情報通信技術のおかげで活力ある高齢化社会になる。皆さんは、情報通信技術の最先端を担っているという自負を持ってほしい」などと激励。「例えば、目の不自由な人が杖をつくと、道が行き先を教えてくれる“しゃべる道路”といった発想を建設省の道路局すら考えた。皆さんは道路局よりも頭が柔らかいはずだから、もうちょっとマシなことを考えられるだろう」と持ち上げた。

yu_amd_06.jpg 「2010年までに日本は世界で最も進んだユビキタス社会になる」と麻生大臣

「ファンタズマゴリア」から「着うた」まで――AMD Awardの10年

 AMD Awardが誕生したのはちょうど10年前の1995年。これまでの受賞作を振り返ると、デジタルコンテンツの10年間が透けて見える。

 第1回の大賞は、インタラクティブCD-ROMとして人気を集めた「Amusement Planet PHANTASMAGORIA」。第2回(1996年)の大賞は、同年に発売されたニンテンドー64用ゲーム「スーパーマリオ64」だった。第1、2回の部門賞には、アドベンチャーゲーム「Dの食卓」(3DOなど)や「バーチャファイター2」(セガ・サターン)、音ゲーの先駆け「パラッパラッパー」(プレイステーション)などが選ばれ、コンソールゲームが圧倒的な存在感を示していた。

 1997年の第3回は、PC向けコンテンツのみが審査対象に。大賞は、美しいグラフィックが話題となったCD-ROMアドベンチャーゲーム「RIVEN-The Sequel to Myst」。「ネットワーク部門賞」が新設され、「インターネット雀荘『東風荘』」や「Ultima Online」が受賞するなど、ネットゲームが普及の兆しを見せ始めた。

 第4回(1998年)の大賞受賞作は「信長の野望 Internet」。ネットゲーム初の大賞となった。「中田英寿 オフィシャルホームページ」がネットワーク賞を受賞するなど、有名人の公式Webサイトが登場し始めたのがこのころだ。

 「iモード」がベストプロデューサー賞を受賞し、インターネットの携帯進出元年となった1999年の第5回。大賞は、iモードの待ち受け画像配信サービス「いつでもキャラっぱ!」だった。ソニーのロボット「AIBO」(審査員特別賞を受賞)が誕生したのも同年だ。

 国内ネットバブルが崩壊した2000年の第6回。大賞は電子出版向けシステム「ドットブック/立て書き・立ち読みシステム」だった。P2Pファイル交換ソフト「Napster」が技術賞を受賞しているのが印象深い。

 第7回(2001年)の大賞は、浜崎あゆみさんのネットライブ「ayumi hamasaki DOME TOUR 2001 Super Stream Live」。J-フォン(当時)の「写メール」がベストプロデューサー賞を受賞。同年スタートし、ADSLに価格破壊をもたらした「Yahoo! BB」が審査員特別賞を受賞している。

 2002年、第8回の大賞は、オンラインゲーム「ファイナルファンタジーXI」。「ラグナロクオンライン」が海外作品賞を受賞するなど、MMORPGが大きな存在感を示した。

 第9回、2003年の大賞は「着うた」。「iTunes 4」が技術賞に輝くなど、デジタル音楽コンテンツの流通が一般化し始めた(関連記事参照)。

 AMDの山科誠理事長(バンダイ相談役)は、ここ10年のIT技術の進化を自動車の進化になぞらえる。「10年前は、オンボロでスピードも出ず、荷物も載らず、道もなく、どこへ行けばいいか分からなかった自動車が、今、100キロ・200キロのスピードを出せ、たくさんの荷物を載せられるようになった。しかし、道にはまだ信号や交通ルールがない状態で、事故も起きている。規則作りが必要だ」とし、安全なIT環境作りに貢献したいと話した。

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