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“さもない”日々こそニュース 地域の日常つづるブログ新聞「ぶらっと」

» 2007年05月02日 17時40分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 ブログに日常が描かれる。実名・顔出しで、丁寧な言葉でつづられる季節の便りや日々の報告。大ニュースや衝撃的な事実ではない。当たり前の日々の感想や、ちょっと変わった地域の風物詩が、読み手の心に新鮮に響く。

画像 ぶらっとのブログ例

 「阿寒湖で、春の風物詩・砕氷が始まりました。船着場からじわりじわりと、観光船で氷を割っていくのです」

 「静岡県掛川市で“新茶マラソン”が行われました。スタート地点は、吉田拓郎のコンサートで有名な『つま恋』です」

 「北上川流域に、翼をケガしてシベリアに帰ることが出来なくなったオオハクチョウのカップルがいます。今年も卵を産み、雌が卵を温め始めました」

 それぞれの記事に、読者からレスが付く。「新茶マラソンとは、さすがお茶のメッカですね」「砕氷船、乗ったことあります」「無事に雛がかえりますように!」。中傷や炎上とは無縁だ。

 これは日刊ブログ新聞「ぶらっと」上で日々行われているやりとりの一部だ。松下電器産業や日本テレネットが出資するスローネットが運営している。

画像 写真投稿専用の「スローグラフ」も

 「さもないことなんです。さもないことなんだけど、それがすごく面白くて」――編集長の野口智子さんは言う。一般のマスメディアはとかく衝撃的なことや珍しいことを「ニュース」として報じたがるが、ぶらっとはその対極。普通の人がつづる当たり前の日常が、読者をほっと温める。

 北海道から沖縄まで各地に住む約120人の「地域ライター」が、スローライフと街づくりを主なテーマに記事を更新する。地域ライター以外でも、会員登録すればコメントしたりブログを書いたりできる。会員は約6000人。うち約2300人がブログを書いている。

 地域ライターからの記事は1日30本ほど上がってくるが、「週に何本書いて欲しい」などといったルールを強制しているわけではない。「仕事のようになってしまったらつまらないし、忙しい時や落ち込んでいる時は更新できなくて当然。しばらく間が開いて、久しぶりに更新してくれればそれでいい」(野口さん)。まさに“ぶらっと”立ち寄って書き込めるサイトだ。

 気に入った記事を賞賛する「拍手」という機能もあり、拍手の多かった記事はランキング上位に入る。誰かからの応援が、更新へのモチベーションになる。

「リテラシーがない」人にこそ書いて欲しい

 地域ライターは、スローネットのスタッフが知り合いのつてをたどって探した。地域活性化に取り組むNPOスタッフなどが中心で、年齢は20代から70代まで。40〜50代が一番多い。ネットに慣れていない人が多く、ブログを書くのも初めて、という人も少なくない。

画像 「ブログへの“ご訪問”ありがとうございました」の意味が分からなかった、と笑う。「読んでくれてありがとうございました、なら分かるのにね」

 「今までなら『リテラシーがない』という言葉で捨て置かれてきた人かもしれませんが、いい活動をしている人もたくさんいるんです。“書きたがり”の人がいい情報を持っているとは限らないし、そういう人は放っておいても書いてくれますけど、そうでない人にこそ書いてほしくて」(野口さん)

 「『難しい』と二の足を踏む人にも、『この私ができるんだから』と言うと、納得してもらえます」――野口さんも「ぶらっと」の編集長になることが決まった半年前にブログを始めたばかり。「レス」や「トラックバック」の意味もよく分からなかった。

 「トラックがバックすることかと思ったわよ(笑)。ネットでは当たり前の言葉でも、そういう言葉を使った瞬間、分からない人から見れば『あなたはそっちの世界の人ね」となってしまうから“ネットの言葉”はできるだけ使わないようにしています」(野口さん)

 「都市部のサラリーマンとインターネット業界が牛耳るサイトにはしたくないんです。だってさっきまで田んぼで農作業していた人が、家に帰ってお茶飲みながら見るサイトだよ。みんなのパソコンは、土でじゃりじゃりしてるんです」(野口さん)

冊子なら、誰にでも読んでもらえる

画像 ぶらっと!BOOK版―スローライフをあなたに―

 3月に、一部のブログを抜粋して載せたフリーペーパー「ぶらっと!BOOK版―スローライフをあなたに―」を発行した。「毎日PCの前にいる人ばかりを想定すると『冊子にする必要はない』と思だろうけれど、毎日PCの前にいる人はごく一部だから」(野口さん)

 ぶらっとのユーザーは、昼間はPCと離れた仕事や家事していて、夜寝る前に少しネットを見る、という人が多い。気になる記事があればプリントアウトしておき、翌日出かける際に持って出て、暇を見つけて読むという人も少なくないといい、冊子化も自然な流れだった。

画像 PCは苦手だが、ブログへのコメントはだけはできるようになったという川島さん

 冊子なら、PCを使わない人にも読んでもらえる。「私の母は80歳を過ぎて寝たきりなんですけれど、この冊子を見せて『やっとあなたが何やっているか分かったわ』と言ってくれました」(野口さん)

 各エントリーに付いたコメントも、一部を抜粋して掲載した。「コメントも面白くて。本当はコメントを全部載せたかったんだけれど、ボリュームがものすごいから」――冊子の編集を担当したNPOスローライフ・ジャパンの川島正英さんは言う。

 川島さんは、元朝日新聞政治部記者で、地方分権やスローライフの推進に取り組んできた。「新聞は客観性が命で、形容詞を削ぎとって書くが、ぶらっとは気持ちをそのまま反映していて新聞記事とは異質。読んでいて『すばらしい』と感じることも多く、もっといろんな人に読んでもらいたい」(川島さん)

地域を越え、人が出会える場に

画像 「社会貢献の気持ちを広げていきたい」と瀧社長

 団塊世代の大量退職で、企業社会にいた人たちが引退し、地域に戻っている。「セカンドライフをどう生きるか考え、地域や社会に貢献するためのコミュニティーを作りたかった」――スローネットの瀧栄治郎社長は狙いを語る。

 「いいことをしている人って、いろいろな地域にたくさんいるんです。そういう人たち同士がつながれば、さらに磨き合えるのに――と思っていたのですが、なかなか出会う機会がなかった。でもインターネットなら、例えば青森の商店会の人と東松山の商店会の人が出会えるんです」(野口さん)

 地域活性化に取り組むNPOの広報や交流の場にしてほしい、という思いもある。国内にある4万近くのNPOのうち、Webサイトを持っているのは約6000に過ぎない。社会貢献したい企業から集めた資金をNPOに届ける「CSR BANK」の仕組みも組み込んだ。

 私企業が運営している以上、収益モデルも考えている。サイトにはバナー広告を入れていおり、CSR用の広告媒体として売り出している。冊子にはすでに松下電器産業などのCSR広告が入っている。

 「近代化の中で失われてきた日本固有の文化や地域の温かさを新しい価値として発信できれば、ビジネスになるのではないか」(瀧社長)

すくすくと育って欲しい

画像 NPOスローライフジャパンのオフィスには、地域限定のサイダーや工芸品など、各地の名産品がおいてある。象はスローライフジャパンのロゴマークだ

 ユーザー数目標などは特にないが、地域ライターにはもっと多様な地域・職業の人を招きたいという。「猟師さんの地域ライターに来て欲しいです。とはいえこれは出会いだから、無理矢理探したりはしませんが」(野口さん)

 たくさんの人に読んでもらう媒体に育て、「スローライフを試してみようかな」と思ってもらえれば、と願っている。「親が子供をよしよしして育てるように、すくすくと育ってくれれば。編集長は『よしよし係』だと思うの」(野口さん)

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