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» 2007年09月21日 14時03分 UPDATE

「後がなかった」たむらぱん、マイスペースからメジャーデビュー第1号になるまで (1/2)

「もう後がない」――ライブの観客はたった10人。もっと多くの人に曲を聴いてもらえないか。マイスペースジャパンは、最後の頼みの綱だった。

[宮本真希,ITmedia]
画像 「メジャーデビューは純粋にうれしかった。今まで小さなところでやってきたけど、熱心に応援してくれるマイスペースのファンの期待に応えるためにも、もっと頑張らなきゃと思った」とたむらぱん

 「HTML? 何それ、PTAみたいなもの?」――シンガーソングライターのたむらぱんは、SNS「マイスペースジャパン」にアーティスト登録するまで、ネットをほとんど使っていなかった。

 タッチタイピングもできなかったが、毎日6〜8時間かけ、マイスペースユーザー200人に「自分の楽曲を聴いてほしい」とメッセージを送り続けた。ファンは少しずつ増え、ライブの観客も急増した。

 マイスペースジャパンは、世界最大のSNS「MySpace」の日本版。アーティスト登録すると、マイページで楽曲や動画を公開でき、国内で3万組が登録している。

 英語版「MySpace」がきっかけでメジャーデビューを果たした海外アーティストは何組もいるが、国内ではたむらぱんが初。コロムビアミュージックエンタテインメントの新レーベル「ロビンワークス」から、10月10日にデビューする。

もう後がなかったから

 今年1月、マネージャーのBMG JAPAN中村裕光さんに勧められ、マイスペースを始めた。「たむらぱんにはもう後がなかったから」(中村さん)

 高校・大学時代にバンド活動をしていたたむらぱんが、インディーズでソロ活動を始めたのは2002年。だがライブの観客はいつも10人ほど。もっとたくさんの人に曲を聞いてもらえる場を求めていた。

 たむらぱんは当時、PCを持っていなかった。「ネットは携帯電話で自分のサイトをチェックするくらい」。PCは、中村さんがマイスペース用にと買ってくれた。

 「友達からmixiのことを聞いたりして、SNSは楽しそうと思っていたけど、自分にとっては未知の世界。何ができるのかも分からなかったし、ネットは怖いイメージがあった」(たむらぱん)

まずはタッチタイプの練習から

 まずはタッチタイプの練習から始めた。中村さんは、たむらぱんがネットに疎いと知っていたが、「本人がやらなけらば伝わらない」と考え、全てをたむらぱんに任せた。

画像 マイスペースのたむらぱんのページ。イラストはたむらぱんが描いている

 「マイスペースはマイページをカスタマイズできる」と聞かされたが、カスタマイズが何か分からない。中村さんをはじめ周りのスタッフに教えてもらいながら、自ら楽曲をアップした。

 小学校のころ漫画家を目指していたというたむらぱんは、イラストを描くのが好き。これまでもCDジャケットをデザインしてきた。マイスペースのページも得意のイラストで彩った。「音楽だけでなく自分のイラストまで公開できてうれしい」

毎日200人にメッセージを送信

画像 マイスペースのページは、たむらぱんのイラストでデザインされている。

 毎日200人のユーザーに「マイスペースで公開している自分の曲を聞いて欲しい」とメッセージを送ったり、フレンド登録を申請した。PC作業には1日6〜8時間かかった。

 メッセージは相手のマイページを見ながら、毎回文章を変えた。ブログもほぼ毎日更新し、コメントにも必ず返信するようにした。

 「フレンド申請する時、メッセージなしでリクエストだけすることもできるけど、一方的にリクエストだけするのは嫌だったから、必ずメッセージを付けるようにした」

 フレンド登録してくれたユーザーは、4カ月で1万を超えた。9月現在、1万5000人近くがフレンドだ。

 楽曲を聴いたユーザーからは「元気が出た」「曲を聞きながら泣いた」とコメントが寄せられるようになった。「自分の曲がコメントをくれた人の日常とつながっている」

 多くのファンがマイページを見てくれるからと、ブログの書き方も工夫するようになった。

 「初めてブログを見に来る人がたくさんいることに気づいたから、分かりやすい話題を選ぶようにしたし、意味が分かりにくい言葉には説明を付けるようになった。プライベートのページじゃないから、どんなことを書けばいいか最初は分からなかったけど、事務的にならないよう注意した」

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