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» 2008年08月11日 07時00分 UPDATE

「ライフネット生命」――たった2人で始まった、営業ウーマンいらずのネット保険 (1/2)

ネット専業で営業ウーマンの人件費を削減し、そのぶん商品を安くする――初の独立系ネット生命保険・ライフネット生命は、創業者2人の“恋のような”出会いから始まった。

[西川留美,ITmedia]

 「……どこかにスタッフを隠してませんか」――設立間もないとあるベンチャー企業を訪ねた男が言った。

 これは、初の独立系インターネット生命保険会社・ライフネット生命保険に、同業の経営者が訪問した時の場面だ。当時、ライフネット生命のスタッフは社長と副社長と事務員の3人しかいなかった。

 会社を興す際、一般企業なら紙1枚でも始められる。だが、保険会社はそうはいかず、金融庁の審査を受けるだけでも膨大な書類を作る必要がある。新会社のあまりの少人数ぶりに「本当にそれで保険会社ができるんですか」とこの経営者はあきれていた。

画像

 会社を興す上で大変なのは、何といっても人的リソースである。特に生保ともなれば書類作りなどの事務作業も煩雑なものであり、経営者は資本政策、スタッフは書類準備に携わるものであろうが、この会社はすべて2人の役員と1人の事務員の手でこつこつとやってしまったのだという。

 2人の役員のうち1人は、日本生命の企画部や財務企画部などで活躍した生命保険業界のエキスパートである社長・出口治明氏(60)。もう1人はまだ30歳代前半で、もともと生命保険とは無関係だった副社長・岩瀬大輔氏(32)である。

 生保業界のベテランだがPCは片手打ちという出口氏と、ネットリテラシーは高いが保険は素人である岩瀬氏。こんな両極端で、親子ほど歳が離れている2人。ネットがなければ出会わなかった2人だ。

営業ウーマンいらずの保険を

 ネット証券やネット銀行はすっかり定着したが、ネット専業の生保会社はようやく登場したばかりだ。

 今まで生保の営業は保険外交員と呼ばれる営業ウーマンが行うことが常だった。徐々にネットへの移行が進んでいたとはいえ、営業力のある彼女たちが主力であることに変わりはない。

 だがネットを使えば営業に人手がいらなくなる上、今まで紙ベースのやりとりをしていた契約書がすべてネットで可能になり、人件費や事務費用を抑えられるため、リーズナブルな生命保険が実現できる。

 「10年後には、東アジア中の人に『一番安くて良い商品を作るように努力している生命保険会社はライフネット生命だ』と評価してもらえるような会社にしたい」と出口氏は意気込む。

保険をネットで直販したい――業界は旧来モデルに固執

 出口氏は55歳の時に日生を退職している。日生時代に自分がせっせと集めてきた資料は優秀な後輩たちに全て譲り、文字通り生保業界の一線を退いたのだった。

画像 出口社長

 とはいえ、心残りもあった。「生命保険会社にいましたから、少子高齢化時代が来ることは分かっていたんです。人口が半分になれば生保は半分になる。生き残るには、業務を多様化するか、海外に出て行くか、ビジネスモデルの違う競争をするか、それしか展望は開けない。1985年ごろから、常々そう考えていました」(出口氏)

 だが日本の生保業界は旧来のビジネスモデルに固執し続けた。業務の多様化や海外進出はしたのだが、バブル崩壊後、日生は「今後は業務の多様化や海外進出はしない」という方針を決める。

 当時、出口氏は国際業務部長の職に就いており、中国進出の取り組みに全力を注いでいた。だが、部長では発言力は弱く、会社の流れは止められなかった。

 実は出口氏は、別のビジネスモデルでの生保を目指すため、以前にもインターネットを使った生保をやろうと考えたことがあった。「『セールスをなくして直販することで保険料を安くしたい』と考えた時、通信販売に比べてインターネットの方が圧倒的にコストパフォーマンスが高く、かつスピード感がある。また、インターネットの技術進歩の速さに大きな可能性を感じた」(出口氏)からだ。

 いろいろな企業に出資協力を仰いだが、彼らの大株主は生命保険会社。「大株主の機嫌を損ねたくない」と軒並み断られてしまった。ネットを使った生保が出てくれば、生保全体の価格破壊が起こると考えたからだ。

恋をしたような気持ちになってしまったんです

 そんな出口氏が、再び業界に戻ってこようと考えたのは、あすかアセットマネジメントリミテッドCEOの谷家衛氏との出会ったことがきっかけだった。2人が初めて会ったその場で、会社の立ち上げは決まった。

 2006年3月、知人の紹介で2人は出会った。話し始めて30分経ったころ谷家氏が切り出した。「僕が今まで会った人の中で、保険については出口さんが一番よく知っている。僕の会社に来てください。出口さんが来てくれたら、きっと世界一の保険会社を作ることができる。一緒にやりましょう」

 出口氏の心は動いた。「今まで人からそんなことを言われたことがなかった。簡単にいえば、恋をしたような気持ちになってしまったんです」(出口氏)感動した出口氏はその場でOKしてしまった。

 もともと出口氏が現在の生保業界に疑問を感じていた。現在大手生保は大量の保険外交員を抱えることで、販売力を維持している。だが、保険外交員の人件費は高く、それをまかなうために複雑な商品を作って手数料を上げる必要が出てくる。

 しかし、本来は「商品を販売するために保険外交員を雇う」わけだから、本末転倒になってしまっているのだ。こうした問題が、ネットを使えば解決する。「保険外交員による販売網の維持」が必要なくなり、よってシンプルな商品でもビジネスとして成り立たせることができるからだ。

 たった30分の面会が出口氏の第2の人生を決定づけたことに相違ない。実際この場で話した内容――「親会社がない独立系生保」「商品は特約なしで、多くて2つ」、そして「ネット専業」――が、ほぼライフネット生命の骨格になったというから、もはや運命というほかなかろう。

ブログで出会った3人目の仲間

 谷家氏が「立ち上げにあたりどんな人材を準備したらよいか」と問われると、出口氏はこう返した。「生命保険を知らない若い人を紹介してください」ここで、谷家氏が出口氏に紹介したのが、ブログで出会った岩瀬氏だった。

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