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最強の肉食系男子――武士にとっての「自由」とは対談・肉食と草食の日本史(1/2 ページ)

» 2010年05月07日 15時22分 公開
[本郷和人, 堀田純司,ITmedia]
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対談・肉食と草食の日本史 バックナンバー

歴史を動かす暴力 ガンダムで女性が強い理由


中世の自由は殺される自由

堀田 しかし、中世の武士は開拓農民でもあったでしょう。武力は発揮できなくても、女性が労働力として尊重されて、そこから一夫一婦制の発想が出てくるようなことはなかったのでしょうか。源頼朝にとっての北条政子を思い浮かべていっているのですが。

本郷 いいえ、一夫一婦制の起源は違いますね。まず武士は、それはもう……好色だったんですよ。それは頼朝だけじゃなくて、御家人も。糟糠の妻をさておいて、若い女性と子どもを作っちゃう。で、腹違いの兄貴たちをさしおいて、その幼い子を跡取りにしちゃう武士がいっぱいいたということを、当時の裁判記録が物語っています。

 「私の子どもにいっぱい財産を遺して」という若いギャルのピロートークに乗った武士が、正妻の息子に与えたはずの財産をぶんどって、横流してしまうなど日常茶飯事だったんですよ。

 そんな時代に一夫一婦制なんてとんでもなくて、武士のもとにはいくらでも財産目当ての女性が群がっていたんです。あ、それからあの時代は性病がないんです。梅毒が来日したのは戦国時代だから。もうやりたい放題でしょ。

堀田 そうか。そういえば中世における近親間の恋愛の話って、「人倫にもとる背徳の罪」という感じではなくて、現代における不倫レベルくらいの、「あの人たちも困ったものだなあ」くらいの感覚で出てきますね。現代の、ある種のゲームの愛好者は中世にタイムスリップしたほうがいいな。

本郷 やたら結婚相手の血縁が近いんですよね。従兄弟だったりして。叔父さんと姪っ子とか。古代だと、兄妹も全然アリです。ただ「だからこそ萌える」とまではなかったようですが。本気を出した島崎藤村レベルは、さすがに中世では難易度が高かかったかと思います。

堀田 まあ考えてみれば戦国時代までの武士は肉食系男子としては最強というか、本当に文字通りの肉食系……。

本郷 逆説的な言い方だけれども、武力や暴力に従事している人間が、性的な部分のみ道徳的だと考える方が不自然なんですよ。それに勢力を維持するためにも子どもは多い方がいいわけで、産めよ殖やせよ、だったわけです。

堀田 豊臣秀吉が憧れていたというお市は浅井長政と結婚した。その子どものうち長女が淀で豊臣方。今度の大河ドラマにもなる江が徳川方に別れて、こちらが豊臣没落後も生き残った。母系から見ると両実力者に分散して浅井の血脈が保たれていったわけで、肉食男は権力は持っていても戦争で死ぬ。でも女はなんだかだで生き残る強さがあった、とは言えませんか。

本郷 それは結果論ではないかな。ヨーロッパの騎士道と日本の武士道との相違点にもなるんですが、はっきり言って、日本には戦乱の中で女子どもを助ける文化がなかったと思います。そう、武士道と騎士道の違いって、女性に対するロマンの有無だと思います。

 女性だったら、乱暴されて殺されるのが当たり前だった。やはり現代とは違って、殺すか殺されるかの時代だったというのは、なによりも大きいですよ。

堀田 西洋の戦争では、街ぐるみが城塞。で市民も一丸となって戦争に臨み、騎士たちの戦いを援護しますよね。ですが、日本の武士たちはあっさりしたもので、武士は割りと簡単に民草を見捨てますね。

本郷 と思うでしょう。しかし本当は民草のほうがしぶとい。そもそも戦争の勝利というのは、相手の軍隊組織を解体することを意味しますよね。どんなに兵隊の数が少なかろうが、相手の軍隊組織さえバラバラにしちゃえば勝ち。では、負けてバラバラになった軍隊組織はどうなるか。……民草の餌食にされてしまいます。

 武士ってのは、負けたとたん、竹槍を持った民草にウワーッと攻められる。これが中世の実像でした。武士から民草にいたるまで、すべての人たちが常時闘争ウエルカムなんですよ。

堀田 では、中世の子どもから「なんで人を殺しちゃうの?」と質問されたら……。

本郷 「自分が殺さないと相手に殺されるからだよ」と、やさしく答えるべきですね。

堀田 そうした中世では、人口はほとんど増えなかったそうですね。今の世の中がいくら女が強くて生きにくいといっても、侍の世ではそもそも命をながらえる自信がないなあ。

 中世について「自由だった」と見方もありますが「自由だが、それは殺される自由でもあった」と、本郷さんは指摘していますね。

 市場原理主義の自由競争どころか、殺すか殺されるかの世界では安定した暮らしは厳しい。一方、規制が強化されて自由競争が抑制された江戸期に入ると、人々は安心して暮らせるようになって人口は大幅に増えていった。少子高齢化が問題となっている現代社会と比べたくなりますよ。

 90年代半ばから盛り上がった規制緩和論議のときに、僕は「俺自身は賛成だが、みんなはそれでいいの?」と思っていました。もし自分がサラリーマンなら一生窓際族で結構ですから。

本郷 中世の肉食男たちは、深く考えずにエンジョイしていたと思いますが、僕みたいな草食人間は生きてられないですよ。「今の社会には秩序がないほうがいい」なんてことをおっしゃる方もいますけれど、草食系は秩序があったほうが生きやすい。

 余談ですが『もののけ姫』などに影響を与えている日本史界のスーパースター網野善彦さんは、ご本人もものすごいバイタリティをもった方でした。こうした「肉食系」の方でないと、中世を「自由だった」と讃仰する気分は出てこないと思いますよ。

堀田 さる経済界の方が「まだまだ規制緩和が足りない。がんがん進めるぞ」とおっしゃっていました。こういう人が、戦国時代に生きていたとしたら、国盗りに成功して一国一城の主になるんだろうなと心底思いましたよ(笑)。ただ、現代ではちょっともう競争が過酷で疲れたよ、という気分もあるでしょう。

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