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歴史を動かす暴力 ガンダムで女性が強い理由対談・肉食と草食の日本史

» 2010年05月06日 15時46分 公開
[本郷和人, 堀田純司,ITmedia]
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混沌の世界に暴力の光を当てる

堀田 近年は、「戦国BASARA」などゲームの影響か、武将が大人気。戦国武将同士のカップリングなどを空想したりする「歴女」と呼ばれる人も出現しています。

 考えてみれば、まあ「衆道」の契りを結んだりしてあの人たちはリアルBL(ブショウラブ)とも言えますが、こうしたブームについて、歴史学者としてはどのようにお感じになりますか。

本郷 「いやあ、もう歴史に興味を持って下さるならばBLだろうが何だろうが。せっかくの「僕たちの歴史」ですもの。遊び倒していただければ。

 でも、でてくる武将がでてくる武将、みんなイケメンなのはちょっとね……。リアル真田幸村なんて、おれもおっさんになって、歯が抜けちゃったよ、なんて言ってるんですけれど。歯槽膿漏のおやじのキスは見たくないけど、でもまあ、それをいうのはヤボってもんですよね。

堀田 本郷さんの著作を読んで、僕は「すごい得をしたな」と思っています。従来の日本の中世史観というと、朝廷を中心にして武門や宗教勢力が相互補完的に統治勢力を形成していたという「権門体制論」が有力。

 それに対するものとしては東国に武家政権が成立し、西国と東国に相互不干渉的な二つの国家があったとする「東国国家論」がありました。

 しかし本郷さんの研究では、朝廷の勢力に属するのでもなく、かといって不干渉を貫くのでもなく、武士勢力に「まずはなによりもまず彼らは暴力機構の保持者であった」という光を当て、その武士たちが朝廷との対峙、交流を経て、やがて統治に目覚めていくという姿を描かれます。

 その歴史観には2つの魅力を感じるんです。ひとつは、「権門体制論」や「東国国家論」は、歴史上のある瞬間の断面を描いた姿としては大いに説得力があると思うのですが、本郷さんの著作では、武士が統治に目覚めていく、ダイナミックな歴史の流れを感じます。

本郷 ありがとうございます。だけど僕が書いてきたことはぜんぜん定説ではないんです。京都の研究者たちからは総スカンを喰らってますから。ホント、人気ないですね。

堀田 東国出身の学者と西国では歴史観、特に朝廷観がまったく違うそうですね。西の研究者からすると、「なにを東夷が言っとるか」という感じなのでしょうか(笑)。

 本郷さんの研究のもうひとつの面白さは、「生首を見ていないとどうも気分が盛り上がらないなあ」というような、圧倒的な荒々しさを持った武士の姿を描いたこと。これは現代人の精神からはかけ離れた姿ですが、現代人の感性から歴史を見つめても、迫力に欠けるように思います。

本郷 僕は「人間自体は今も昔もまったく変わっていない」と言うのなら、歴史なんて勉強する意味がないと思うんですよ。歴史を学ぶということは、過去と現在とで相違している人間を見ることだから。

 歴史を遠くから眺めると、平安時代というのは、ある種の催眠術にかかっていた時代だと思います。「そこに暴力という名の光がさせば、世の中はドラスティックに変わるのに!」ということに、誰も気づけなかったんでしょうね。

 しかし保元の乱あたりにさしかかると、ついに武士は自分たちの持てる力に気づき、ついには幕府を作ることに至ります。「おっしゃー! 俺たちだって社会の主人公になれるぞ!」と。これってとても重要な気づきなんだけど、このポイントは、女性研究者の一部の人たちにどうしてもうまく伝えられないんですよ。

堀田 草食系男子全盛の現代とはえらい違いですね。現代では、暴力は国家に管理されて、個人による行使は正当防衛に限られる。そうすると女性の地位が高くなるのは必然かもしれませんね。『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督は、男が弱くなり女性が強くなったのは日本が戦争をやっていないからだ、とあっさりおっしゃっていました。

本郷 だけど富野作品の女性は、みんな戦っていますよね。あれがもし中世のように肉弾戦だったら、女性が前線で戦えるはずもなく、男ばっかり強くなっちゃうのがリアルだと思う。それも美形のイケメンやこどもではなく『メタルギアソリッド』のスネークのようなマッチョのおっさんが強いというのが現実だったはずです。

 しかしモビルスーツガンダムに乗れば性差は関係なく強くなれるんですね。これは銃社会アメリカにおける男女平等に良く似た構図です。銃があれば、性差は関係なく自己防衛ができますから。「自分の身は自分で守る」という考え方に、男女差別は介在しないと思えます。

 ちなみに僕は富野キャラでしたら『伝説巨神イデオン』のカーシャ。ガンダムじゃなくてイデオン派。もっと言うなら『装甲騎兵ボトムズ』派。フィアナとイプシロンの肉体関係を示唆する場面がありますけど、そんなの考えると萌えて萌えて。

堀田 富野作品ではなく高橋作品ですね。

本郷 おっほん。しかし真面目な研究者として言いますが、歴史に眼を転じると「暴力」が時代を動かしてきたことを忘れてはならないと思います。武士の時代しかり、いつだって時代を変えるのは暴力だった。ありていに言いますとね。

 僕らの専門では、そうした暴力について論じることがタブー視されがちなんですが、例えば、僕ら男は、清原和博を怖いと思っても、和田アキコは、本質的には怖くないでしょう? いくら強面だとしても、男の力に女性は勝てない。

 だからこそ暴力がかなりのウェイトを占めた時代には、現代とは違って女性の社会的価値が低くならざるを得なかった。

 世の中には「鎌倉時代は、女性の地位が一段高かった」みたいなことを主張する研究者もいますが、寸時に「ウソつけ!」と否定したくなりますね。大原則からしてありえないんです。

 中世というのは武士と暴力の時代だから、女性の地位が高くなりようがないんですよ。……逆説的ではありますが、それが女性が日本史を嫌いになる理由ですねえ。なにしろ北条政子と日野富子ぐらいしか女性の出てくる場面がない。しかし「女の地位が低いなんてあんまりよ!」とムカつかれても、事実そういう時代だったとしか言えません。

本郷和人

 1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所准教授。「武士から王へ―お上の物語」(ちくま新書)、「天皇はなぜ生き残ったか」(新潮新書)などの著書のほか、「センゴク バトル歳時記」(講談社)などの編著書もある。アカデミズム界の気鋭でありながら、娯楽領域でも活躍する歴史学者。近刊は「武力による政治の誕生」(5月6日刊、講談社選書メチエ)。


堀田純司

 1969年生まれ。作家、編集者。編集者としては「吉田自転車」「えの素トリビュート」「生協の白石さん」などの書籍を企画編集。ライターとしては「萌え萌えジャパン」「人とロボットの秘密」「自分でやってみた男」(講談社)などの著作がある。哲学や政治経済、「体験型映画紹介」など、取り上げる範囲は幅広い。近刊は7月に「生き残る専門誌」(仮)が講談社より発売予定。


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