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» 2010年06月04日 12時00分 UPDATE

パンツ型眼鏡ふきに空飛ぶパンツ 作ったのは「50億人を感動させたい」玩具メーカー (1/2)

パンツ型眼鏡ふきや空飛ぶパンツなど壮絶な製品を作り続ける玩具メーカー・クエスチョナーズの藤岡社長に話を聞いた。

[小笠原由依,ITmedia]

 「5、4、3、2、1、ファイアー!」――カウントダウンの後、体育館を飛んだのは100枚のパンツ……ではなく、100羽のパンツ型オーニソプターだ。パンツの群れが空を飛ぶ。100人以上の人がその記念すべき瞬間を見守った。

 今年3月に開催された「空フェス」の一幕だ。「空飛ぶパンツ」と名付けられたオーニソプターを組み立て、来場者が飛ばす。拍手と歓声とともに空を舞うパンツが印象的だ。



 玩具メーカー・クエスチョナーズの藤岡聡社長は、同イベントの仕掛け人の1人。「空飛ぶパンツ」を製品化、量産へと導き、イベントを成功させた。


photo パンツ型眼鏡ふき。パンツの内側、また布の部分で眼鏡をふける

 クエスチョナーズが作るおもちゃはどれも壮絶だ。また布を使ってふくパンツ型眼鏡ふきに、男性キャラクターが大きくプリントされ、そのまたの部分に何かが詰まってもっこりしている抱き枕カバースクール水着型携帯電話ホルダーなどどれも毒があり、Web上で話題になったものも多い。

 製品ラインアップにはパンツをモチーフにしたものが目立つ。藤岡社長にパンツが好きなのかと尋ねると「別に好きなわけじゃない」という。「パンツじゃなくて、人がやらない面白いことが好き。いつか50億人を感動させて歴史に名を残したい」。そう話す藤岡社長のルーツは、少年時代までさかのぼる。

トレジャーハンターを目指した時期も

photo クエスチョナーズの藤岡聡社長

 歴史に名を残したいと思い始めたきっかけは手塚治虫さんが描いた「火の鳥 未来編」だった。主人公が不老不死になり、永久に生き続けるというストーリーに、「永久には生きたくないが、死んで忘れられるのも怖い」と思ったという。「50億の人間が『藤岡という人間がいたとさ』と語ったら、寂しさもまぎれるのではないかな、と思った」そうだ。

 名を残すための手段は問わず、チャレンジしたものはさまざまだ。高校時代は柔道にのめりこんだが大学で挫折。「ここは僕が1番になれる場所ではないと思った。新しい技を作ってみました、といって柔道界のパンツ型眼鏡ふきを作るわけにもいかないし」

 次に目指したのはトレジャーハンターだ。「先輩や上司に意味もなくへつらうのが苦痛」で、普通のサラリーマンにはなれない気がしていたという。でも、お金がないと生きていけない。自分にできることは何かと考えた時にトレジャーハンターが頭に浮かんだ。大学の試験は受けず留年を決め、宝を探す日本半周の旅をスタート。真冬、しかもオートバイでの旅は過酷だった。

 「トレジャーハントにせよ、旅にしろストイックなことは自分には向いていない」。日本を半周して気づいたという。「ただ、宿泊先で出会う知らない人と話す中で、人と話すのが楽しいと気づけた。今の仕事にも生きているし、それが一番の宝だったと思う」

 出身大学は「なぜか合格できた」という東京大学。大学6年目に勤め始めた編集プロダクションを経て、卒業後は出版社に入社。玩具の企画・開発を行う部署で営業を担当した。

 営業の意見をフィードバックせず、提案も通らない企画者に「イラッとした」といい、営業をしながら商品企画・開発を始めた。「それなりに当たって、みたか! と思った」という。

 それでも同僚や上司への不満は募った。「いいものを作ろうという努力が足りない」。自分と同じだけの成果を出してほしいし、できないなら奴隷のように働けばいいと思ったという。「リターンが同じなのが納得いかない。僕がどちら側の人間だったとしても3割の人が7割を食わしていくのはナンセンスだと思う」

 出版社はやめず、大学時代の知人を誘ってフィギュアなど玩具を作る会社を興した。フィギュアを選んだのは、「最高で8000人に売れたから。今までの人生で一番多くの人に働きかけられた。1万倍に増えれば日本国民をカバーできると思った」ためだ。

 しばらく兼業を続け出版社で部署長になるが、よそで会社をやっているらしいとウワサになり、「部下がいじめられたから」会社を辞めた。

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