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バービーの親vs.中国サイバー窃盗団の勝敗は?

» 2016年04月08日 16時30分 公開
[大村奈都ITmedia]

 米CBSニュースが伝えるところによると、着せ替え人形のバービーで知られる世界的玩具メーカーの米Mattelが、中国からのフィッシング攻撃に狙われたことが明らかになった。

photo CBSニュースの記事
photo バービーなど数多くの人気玩具を抱えるMattel

 2015年4月30日、その女性(取材元の関係者は彼女の名前を明らかにしていない)は、いつものように大量のメールを処理していて、その中に、1つの名前があることに気づいた。クリストファー・シンクレア氏。4月に就任したばかりの、マテルのCEOだ。財務担当役員である彼女にとっては、直属の上司にあたる。

 メールの内容はシンプルなものだった。「中国市場の開拓に力を入れるため、新たな投資をしたい。中国にある温州銀行の以下の口座に送金してほしい」というものだ。

 彼女は、メールの送信者を再度確認した。問題はないようだった。

 新しいボスの指示を素早く実行して、気に入ってもらうことは、とても重要だと彼女は思った。いつものように取引銀行に連絡し、指示されたとおり、300万ドル(約3億3000万円)以上の資金を中国に向けて送金した。

 なにも問題はかった。数時間後、彼女がシンクレアCEOに送金の事実を報告するまでは。

 彼は、顔色を変えた。「なんだと。そんな指示は出していない」

 今度は、彼女が青ざめる番だった。

 Mattelの経営陣は半狂乱になって、送金元の米国の銀行と、州警察とFBIに連絡した。だがその反応は、残念極まりないものだった。

「お気の毒です。そのお金は、もう中国にあります」

 Mattelの300万ドルは、中国の温州銀行を経由して、すでにダークサイドの犯罪者の手に渡ってしまったようだった。

 FBIによると、同社が被害を受けた「偽CEO詐欺」は18億ドル(約1980億円)以上の被害を生んでいる。被害者の多くが米国企業であり、ほとんどが中国または香港の銀行を経由して送金されているという。

 送金先の温州銀行がある温州は、世界的なマネーロンダリングの拠点とみなされている。ヨーロッパでの偽CEO詐欺の送金先は90%以上が温州だという。

 1970年代後半以後の中国資本主義の発展で、海と山に挟まれた貧しい土地である温州は先頭を切っていたが、それと同時に、闇のビジネスに取り囲まれていたのだ。

 中国当局は闇ビジネスや腐敗公務員を熱心に追求しているが、追いついていないのが実情だ。

 資金は送金された。Mattelに必要なものは、中国での運だった。そして中国での同社は、教科書に載せてもいいぐらいに不運だった。

 2007年、中国で製造されたバービーや『カーズ』のおもちゃに、鉛入りの塗料が使われていたことで、大規模な製品回収を余儀なくされた。

 2009年、同社は上海の目抜き通りに、ピンク色で6階建てのバービーハウスを開いた。温泉まで備えたエンターテインメント施設だったが、2年後には閉鎖せざるを得なかった。

 57億ドルを売り上げるおもちゃの巨人が中国市場に足を踏み入れたとき、コストの上昇と労働者不足が深刻になって、市場開拓の足を引っ張った。

 それでも意欲的に中国市場に挑み、幼児教育ブランドを立ち上げたMattelを、サイバー窃盗団は狙ったのだ。

 今回だけは、Mattelに中国での運が回ってきた。事件が4月30日木曜日に起きたことだ。時差のため、中国はすでに5月1日金曜日になっていた。

 その日、社会主義国である中国は、メーデーの祝日だったのだ。

 Mattelは中国の警察に依頼し、警察は週末の間に素早く動いた。

 週明け月曜日の朝、銀行が営業を開始する直前。温州銀行本店のライオン像を横目に、大股で2階の国際営業部に入る人物がいた。FBIからの手紙を持った、詐欺問題担当のMattel役員だ。

 中国の警察はまさにその朝、資金が振り込まれた口座を凍結した。そしてMattelは5月6日、300万ドルを取り返したのだ。同社はこの件に関して、中国当局と警察に感謝の意を示している。

 しかし、事件は終わっていない。その後もMattelには、1ダースもの詐欺メールが届いたという。もうすこしで300万ドルを手にするところだった真犯人についても、まだ捜査中だ。

 「社内で資金を管理している担当者を見付け出し、その会社に特有の文言を使って、もっともらしい理由で現金を送金させる」巧妙な手口が多発しているとFBI(米連邦捜査局)も指摘している

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