「ミクさんはいつものかわいらしいせりふ回しで、歌舞伎に無理に寄せなくてもいいんじゃないか。古典的な言葉遣いが入っていればそれで十分伝わるよ」と。
ミクさんはいつものミクさんで、こちらはいつもの歌舞伎で。これは今振り返るとかなり大きなジャッジでした。ファンの皆さんも聞き慣れている、抑揚が少なめの“ボーカロイドらしい声”でやってみたら予想以上に歌舞伎の世界にハマったので、最終的にあのようなお声になったのです。
松岡さん ミクさんの音声はその都度再生しているわけではなく、ある程度の流れの中で「何秒後にこのせりふ」と決まっています。俳優さんのせりふも含めて事前に全て収録することも考えたのですが、やはり生の舞台ならではのリアル感がなくなってしまうので採用しませんでした。
なので、なるべく獅童さんをはじめとする皆さんにストレスがかからないよう、せりふの順序を変えるなど工夫を凝らしました。例えば、ミクさんが多くしゃべるシーンでは俳優さんの受け答えはできるだけ短く、逆に忠信や青龍がたっぷり語り上げるシーンではミクさんのせりふは少なく――などです。「映像と生の演技にズレの出にくい台本構成」という視点は普段と違う作り方でしたね。
――なるほど……何気ないシーンの裏にたくさんの試行錯誤があったんですね。
小野里さん 「ハードルが高いのは分かる、制約が多いのも分かる。でも現状の素材で最大限面白いものを作ろう」という気持ちが松竹側にもドワンゴ側にもあったのが大きかったと思います。問題が起きるたびにどうしたらいいかお互いの立場からアイデアを出していきました。
ミクさんの投影にはプロジェクターとディラッドボード(スクリーン)が必要で、舞台上でその設置位置が決まっています。当然、その分だけ舞台前方の幅が狭くなってしまう。ダイナミックな立ち回りのシーンではもう少し余裕を持たせたくて、なんとかならないか映像チームに相談したのですが、「投影時の焦点距離も決まっているし、ボードだけ動かすのは難しい」という回答でした。
でも、舞台の発想でいうと大道具を動かすのは当たり前なんですよね。「じゃあ、プロジェクターごと動かせないですかね?」と提案して「普通はこんなこと絶対やりませんよ……」と言われながら可動式にしてもらいました。忠信を中心としたはしごを使った立ち回りのシーンでは、ボードはさり気なく2メートルくらい後ろに引っ込んでいるんです。
そんな風に無茶を聞いていただきながら、お互いのデジタルとアナログの発想に「そんなことできるんだ」と驚きながら進めていきました。まあでも、やっている間は正直「本当に大丈夫なのか? 受け入れられるのか?」と不安に思う気持ちも強かったのですが。
――「これはいけるかも」と手応えを感じたのはどの時点なのでしょうか。
松岡さん 僕は、3月24日にニコファーレで「超歌舞伎やります!」と発表した時ですね。
小野里さん えっ、松岡さんはあの時ですか。僕はものすごくプレッシャーを感じました……(笑)。
松岡さん もちろん、この期待を裏切ってしまったら……とも思いましたけど。でも、企画の中身や中村獅童さんの名前を聞いて、会場がわーっと盛り上がったことで、少なくともこの時点で「超会議での歌舞伎」自体に興味を持ってもらえているんだ、と安心しました。
野間さん 登壇した獅童さんが「歌舞伎観たことある人?」と聞いたら会場の2〜3割くらいから手が上がったんですよね。全くかけ離れたものではないんだなと、当日はそこそこ見に来てくれるんじゃないかとホッとしました。
――実際幕が開いて、その手応えは確信に変わっていったのでしょうか。
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