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2016年06月21日 11時32分 UPDATE

「義手をメガネのようにしたい」――誰もが自由に設計できる、オープンソース電動義手の狙い

「電動義手」の設計データから使われている部品情報、プログラム、ソースコードまで全てを無料で公開するイクシー。彼らには、腕をなくした家族がいるわけでも自分が義手を必要としているわけでもない。なのにどうしてここまでやるのだろうか?

[太田智美,ITmedia]

 筆者が初めてexiii(イクシー)に出合ったのは数年前。たしか、大きめの展示会で、「かっこいい義手」とか「デザイン性に優れた義手」とかいうコピーで大きく展示されていたのを覚えている。私は「ふーん」とその場を通りすぎ、別の展示へと興味を移した。波動が出るわけでも魔法が使えるわけでもない“ただの義手”に、それほど興味はなかった。


exiii 筋電義手「handiii」

 ――それから数年、とあるイベントの打ち上げ(2次会)で飲みすぎ、終電を逃し、どうしても生のイカとエビが食べたかったので、3次会に朝までやっているお寿司屋さんに入った。しょうがないので、周りにいた暇そうな友人たち数人も巻き添えに引きずり込んだ。すでに記憶はほとんどないが、ふと右隣りをみると知らない誰かが座っていた。話を聞けば、先ほどのイベントの参加者で、2次会でも一緒、さっきまで私と話していたらしい。とりあえず日本酒を頼む。

 イカとエビと茶碗蒸しと日本酒を目の前に満足していると、右隣りの人がおもむろにかばんの中から何かを取り出した。手の形をした、ウィンウィン動くロボットだった。――あれ? これ、見たことある。

 数年前に見た、波動も魔法も出ない“つまらない義手”だった。右隣りの人は電源を入れ、見てくれと言わんばかりにウィーンウィーンとその手を動かす。「なんだ……あの“かっこいい”義手か」。私は再びおちょこに手をかけた。すると右隣りの人は、「触ってみる?」と言う。手にした感触は見た目ほどヒンヤリしていないというだけで、初めてこの義手に出合ったときの印象とそんなに大きく違わなかった。まあ、義手である。

 酔った身体に取り付け、せっかくなので紙でできた割り箸の袋を持ってみた。「ギュってしてみて」――隣の人が言う。ギュッとしてみた。「ほら、強い!」――隣の人がそう言いながら箸袋の紙を引っ張る。自分の手の圧力が義手に反映されていた。そしてその手はお寿司屋さんのお箸の包み紙を強くつかんで離さなかった。



 その義手を作っていたのは、近藤玄大。右隣りに座っている、その人だった。聞けば、3人のチームで義手を作っているという。近藤さんと、大学院の研究室の先輩でメカエンジニアの山浦博志さん、もう1人はその同僚だったインダストリアルデザイナーの小西哲哉さんというメンバーだ。社名はイクシー。2014年10月29日に創業した会社だ。


exiii

 それから約1カ月後、彼のオフィスを訪ねた。彼のことが気になっていた。「義手」といえば、それを作るに至った感動的なストーリーがあるに決まっている。でも私はまだそのストーリーを聞き出せていなかった。なぜ、彼は義手を作っているのか――。


exiii イクシーオフィス

ヨットか義手か

 近藤さんは大学3年のころ、文系就職を考えていた。というのも、近藤さんの親も親戚も文系ばかり。文系就職に悪いイメージは持っていなかったし、当初は商社に就職することを考えていた。しかしいざ就職となると、社会に出る前にもっといろいろな世界を見たいと思い、理系の大学院進学と海外留学を決意。そこで研究対象をヨットにするか義手にするかで迷ったという。


exiii

exiii オフィスに並ぶ工具

 「ヨット」と「義手」と聞くと分野が全く違うものに思えるが、彼の中では「人が寄与する部分が多い」という共通点があった。彼は、車や飛行機、小さなデバイス、PepperやAIBOのようなロボットには全く興味を持てなかったが、人に関わることや体を動かすことに興味があった。――「ヨットは潮の流れや風の流れを感じながら、自分の体重を意識して、一心同体になって進まなくてはいけない。だから、手のない人が義手を付けて生活する感じと、操縦者がヨットを使って大海原を切っていく感じが、自分の中では同じだった」(近藤さん)。

 最終的に義手を研究テーマに選んだが、彼は「人が主役」の、人の知能や技能を拡張するような工学がやりたかったのだと話す。「これはただの言葉遊びかもしれないが、人工知能というのは、知能が人工物にある。ぼくはAI(Artifical Intelligence:人工知能)よりもIA(Intelligence Amplifier:知能の拡張)がやりたい。例えば、PepperとかAIBOは人工的に知能を再現しようとしている“人工知能”。『人工的に知能を作りたい』というモチベーションは持っていなくて、知能拡張の主体はあくまでも人間であるべき。知能は人間にあって、その知能を増幅したり潜在能力を引き出したりできるようなロボティクスの技術者でありたいと思う」(近藤さん)


exiii はじめに作ったhandiiiは握手すること、いろいろなものをつかむことに重点を置き、関節が3つだった。構造物に合わせてつかむ設計で、実際に握手をしてみると手が包み込まれるような感覚が得られる。しかしこれだと日常生活には使えないと気付き、次のプロダクト「HACKberry」ではいろいろな形状のものをにぎることを犠牲にして「つまむ」ということに専念。2関節にした。どちらが良い悪いではなく、「機能が違うもの」としてリリースされた(奥:3関節、手前:2関節)

「義手をメガネのように」――3万円で作れる“オープンソース義手”の狙い

 近藤さんによれば、一般的な電動義手の価格は最低でも150万円。一方、イクシーの義手は設計データなどをオープンソースで提供し、3Dプリンタを使えば誰もが3万円程度で作れるという。最新モデルの「HACKberry」では、設計データから使われている部品、プログラムのソースコードまで全てのデータをオープンにし、ネット上に無料公開している。

 近藤さんは言う――「義手をメガネのようにしたい」。


exiii イクシー CEO 近藤玄大さん

 オープンソースのハードウェアというと「安価で誰でも作れるようにすること」を目的化しがちだが、近藤さんの本当の狙いはそれではない。使う人によって求めるものが違うのに、その機能やデザインを1つの義手にまとめるのは不可能だからだ。基礎となる部分はイクシーが提供するが、他はユーザーが自由に作る。生身の手があるかないかにかかわらずファッションとして楽しんでほしいし、メガネのように用途や気分に合わせて付け変えてほしい――そんな世界を描いている。眼鏡はもともと視力補正のための医療用器具だったが、今では視力に問題がない人でもおしゃれとして身に着けている。義手もそれと同じ。不幸だから義手なのではなくて、かっこよくなりたいから義手を求める。

 「フォーマットだけを用意して、3Dプリンタさえあれば世界中どこにいても最新版のコピーをすぐに出力できるようにした。軸となる部分だけを用意して、そこから作りたい人が本当に欲しいものを作る。本当に欲しい人が作ったものはいいものになるだろうし、何より自分が一番納得できるんじゃないかと思う」(近藤さん)。


exiii 手を失った記者が自ら義手を作り体験。「義手作るというのが料理を作るくらい簡単なことにしたい」(近藤さん)

オープンソース義手に立ちはだかる「法律問題」

 オープンソースで義手を提供するということは、法的な問題も考えなければならない。例えば、イクシーが提供しているデータに基づいて義手を作成し、もしその義手が人を傷つけたり、その義手で車を運転して事故を起こしたりしたら誰の責任になるのか。製造物責任はどこにあるのか。データはイクシー、製造したのは別の人、組み立てたのはまた別の人、ユーザーはまたまた別の人――となった場合、どこに責任があるのかという問題が起こり得る。

 医療機器なのか、福祉機器なのか、おもちゃなのか。国によっては、レベルの高い認可を受けなければ医療機器として認められない場合もあるという。過去に、米国の遺伝子検査サービス「23andMe」が製品販売の停止命令を受けた例もあり、どうしたらいいか、厚生労働省や経産省とも話を進めているという。


exiii 義肢装具士とタッグを組み、手先はイクシー、腕の部分は義肢装具士が設計。手がない部分の形がそれぞれ違うため、その部分は義肢装具士が担当する。イクシーが得意とするのは機構を考えること

exiii 補助手としての義手。義手で全てを行う必要はなく、機能としては私たちの効き手でないもう片方の手に求める程度。しかし、これがあるとないとではだいぶ違うという

映画監督としての「義手」づくり

 「会社を立ち上げてから、映画監督の気持ちだ」――近藤さんは言う。

 「例えば、今、事故で手をなくしたパラグライダーが再び義手と共に空を飛ぶというストーリーをぼくたちは作っている。またあるときは、生まれつき手のない歌手が手を精いっぱい広げて音楽を表現するという別の主人公のストーリーを作る。それは手のない人だけではなくて、ぼくが主人公の場合は、小さいころからバスケットボールをやっているのにシュートがあまりうまくない。自分の手なのに完璧に動かせないから、義手によってバスケットボールのシュートをうまく決められるというストーリーができるかもしれない。同じようなことは他の人もきっとあるんじゃないかな。ピアノの練習をたくさんしたのに本番でうまく弾けないとか」

 映画監督は続ける――「今まで限られた範囲でしかストーリーを作ることはできなかった。しかしオープンソースにすることで、世界中でいろんなエピソードが生まれる。ぼくたちは、かわいそうな人を助けるために義手を作っていない。例えば、義手を使って豆をお箸でつまめたとして、それは萌えない。手がないからこそできる『かっこいい』があって、それをみんなでストーリーとして創り上げたい」。


exiii

exiii

 イクシーの義手がオープンソースとして公開されているのは、こうした必然的な理由があった。もちろん情報が公開されていても、メカエンジニアでない一般の人がそう簡単に組み立てられるわけではない。だが、公開から1年間で世界10カ国以上で作られたという。イクシーが公開するソースコードは義手を作るための単なるレシピではない。「障がい者」と呼ばれ、いつの間にか自分で自分の枠を作ってしまった人に、「がんばれば自力で義手だって作れる」という希望をもたらすものだった。

 近藤さんは、上肢障がい者が心豊かに生活するためにはどのようにしたらいいかを考えるNPO「Mission ARM Japan」でも活動している。自然に集まってきたエンジニアと、義肢装具士と、手のない主人公が肩書きもなにもなく同じ立場で面白いものを作ろうと集まって、みんなで“映画”を創っている。イクシーは現在、Googleやジェームズ ダイソン財団から支援を受けているが、当面は収益化を目指していない。


 ――「義手」を作るに至った感動的なストーリーは、イクシーにはなかった。創業者の家族や親せきに手を失った人がいるわけでも、昔の大親友が腕をなくしたわけでも、イクシーのメンバーにそのようなバックグラウンドを持った人がいるわけでもなかった。「かわいい服を着たい」というのと同じくらい普通の感覚で作られるイクシーの義手。人に興味があり、そのうちの1つのパーツ「手」を研究テーマにした近藤さんの「かっこいい方がいいよね」という気持ちだけで作られたからこそ、いい意味でこだわりがなく、誰もが自由に設計できるプロダクトが生まれている。

 「ほら、強い!」――箸袋の紙を引っ張って「どうだ」と自信に満ちた顔でこちらを見る近藤さんの姿が脳裏によみがえる。

太田智美

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