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MP3は本当に「死んだ」のか? 特許権消滅が意味するもの

» 2017年05月29日 14時29分 公開
[栗原潔ITmedia]

 MP3の基本特許を対象とするライセンスプログラムが今年4月23日に終了していたことが、現在の特許権管理会社である独Fraunhofer IISから発表された。この発表はどのような意味を持つのか、開発者や一般ユーザーに与える影響を中心に見ていこう。

photo Fraunhofer IISの発表文

 特許権は原則的に、出願日から20年経過した時点で存続期間が満了して消滅する。特許権が消滅した技術は、特別なライセンスなしに、誰でも自由に使用できるようになる(もちろん、プログラムコードをそのまま使用する場合には著作権のライセンスが必要になるが、独自の開発を行なうのであればライセンスは不要である)。つまり、特許に関してはパブリックドメイン状態となり、公共財としての機能を果たすようになる。

 MP3の基本技術は1990年前後に開発されたものであるため、その主要特許もここ数年間で段階的に期間満了により消滅してきた。今回の発表は、Fraunhofer IISが管理する最後のMP3関連特許である米国特許番号6009399“Method and apparatus for encoding digital signals employing bit allocation using combinations of different threshold models to achieve desired bit rates”や、日本国特許4173209号「ディジタル化されたオーディオ信号の符号化方法及び装置」が、2017年4月23日で権利保護期間を満了したというものだ。

 これにて同社が管理する全てのMP3関連特許権が消滅し、その当然の結果として、ライセンスプログラム自体も終了したことになる。

(修正履歴:日本国内の状況について一部加筆・修正しました。 2017/5/30 20:20)

 なお、Fraunhofer IIS管理の特許権以外にも、MP3基本技術に対する付加機能部分への特許権が残存している可能性、また、米国において1995年以前(登録日から17年経過後まで権利が存続するという制度であった)に出願された特許の権利が存続している可能性もきわめて低いがゼロではない点に注意されたい。

「MP3は死んだ」のか? 特許権消滅が意味するもの

 今までMP3のコーデックを使用するためには、Fraunhofer IISとのライセンス契約とライセンス料の支払いが求められてきた。法外なライセンス料が必要というわけではなかったが、特にオープンソースソフトウェアの開発者においてはやっかいな問題であった。

 特許権はアイデアを保護する制度なので、仮にソースコードを独自に開発したとしても特許権の侵害は回避できない。また特許権は、ライセンス契約なしに実施すれば差止め請求も認められる強力な権利である。

 MP3の特許権を回避したとされるLAMEなどのエンコーダーも存在したが、権利問題が本当にクリアされていたかについては疑義もあった(ゆえに、教育目的であるとしてソースコードで配布するという「裏技」が使われたのだが、実際に裁判になればどうなっていたかは分からない)。

 しかし、いずれにせよ今やこれらの問題は解消され、MP3は真にオープンなテクノロジーとしての地位を確保したことになる。これは開発者(特に、オープンソースソフトウェアの開発者)にとっても一般ユーザーにとっても朗報と言えよう。Fraunhofer IISによるライセンスプログラム終了発表に対して「MP3は死んだ」といった一部ネット民の発言が聞かれたが、事実はまったく逆である。

photo MP3はCDを超え、急速にシェアを伸ばしていった(Fraunhofer IISのYouTube動画より)

 なお、特許の話とは別に、純粋に技術的観点から見ると、MP3は今日における最良のコーデック技術というわけではない。特に低ビットレートにおいてはAACなどの新しいコーデック技術の方が高音質を提供できる。さらに、AACは、MP3よりも著作権管理が容易であることから、デジタルオーディオプレイヤー(DAP)分野では一定の普及をしている。

 しかし、AACは依然として特許権で保護されており、現時点ではコーデックの開発者にはライセンスが必要である。AACの開発時期が1997年前後であることを考えるとそろそろ特許権が消滅し始めておかしくない時期だが、ライセンス会社であるVia Licensing Corporationは十分な公開情報を提供していないようである。この点は、やはりオープンソースソフトウェアの開発者にとっては考慮点である。

(修正履歴:初出時、Via Technologyと記載しておりましたが正しくはVia Licensing Corporationでした。おわびして訂正いたします。 2017/5/30 14:20)

 一方、Ogg Vorbisや(ロスレスではあるが)FLACのように特許権の回避を当初から念頭に置いてオープンソースソフトウェアとして開発され、少なくとも現在のところは特許権の制約を受けないコーデックも存在するが、これらはMP3やAACほど普及しているわけではない。

 そう考えてみると、(高ビットレートであれば)十分な音声品質を提供し、特許権の制約を受けず、再生環境が広く普及しており(MP3をサポートしないDAPはほとんどないと言ってよいだろう)、既存コンテンツの多大な蓄積があるMP3フォーマットが、音声コーデックの主流の位置から去ることは当面は考えにくい。

 例えば、Fedora LinuxがディストリビューションでMP3を正式サポートするなどの動きもある。特にオープンソースソフトウェアの環境では、MP3は今まで以上にその地位を強めていくだろう。

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