ITmedia NEWS > 社会とIT >

欧州スタートアップが日本市場に熱視線 その理由は?あなたの知らない欧州スタートアップの世界

» 2018年03月15日 09時00分 公開
[アドライトITmedia]

 世界で注目を集める欧州のスタートアップが、新たな市場として日本に熱い視線を送っている。AIや仮想通貨といったDeep Techへ前向きに取り組む日本は、欧州スタートアップにとって「自分たちのビジネスが飛躍できる場所」と捉えられているからだ。

日本

 本連載の第1回では、日本企業が欧州スタートアップと相性がいい理由を探り、前回の記事では、欧州のスタートアップ隆盛の背景を説明した。今回は、欧州スタートアップがいかにして日本市場を注目するようになったかに迫っていく。

 会社のさらなる成長を求めて国外へ目を向けた欧州のスタートアップは、近隣諸国、米国への参入を経て、日本という金脈を見つけることになる。

グローバル志向が芽生えて近隣諸国、そして米国へ

 初期のベンチャー投資でお金を集めた、野心的なとある欧州のファンドマネジャーは気付き始めていた。本来、私たちは投資家から預かったお金を運用する立場。これまでの節税を全面に押し出したコミッション重視のファンドに慣れきった周囲は、投資家から成果を求められないのをいいことに何もしない。「投資先のスタートアップを成長させるには国内だけではマーケットが小さい。大きくするなら国外へ行こう」

 早速、ファンドマネジャー指示のもと、投資先のスタートアップは手始めに電車で行ける距離の国への参入を試みる。同じ欧州だからという気軽さはどこへやら、ローカライズの手間や体制作りなど思った以上にパフォーマンスを出すことの難しさに直面する。それを逆手にとってか、同じくらい大変ならと、憧れの地・米国へ進路を突如変えていく。

欧州

 スタートアップは米国に会社毎移転するようになったが、大きな壁に直面する。資本力だ。米国は利益よりもまず初めに莫大な資金を調達し、マーケットシェアをできるだけ確保する、“圧倒的に勝つ”戦略をとっている。対する欧州は、少しずつだが安定的かつ利益を意識し、持続可能なビジネスを作る方法をとっている。似たようなジャンルの会社たちが市場と共に成長していくのがよく見られるのも欧州の特徴といえる。

 米国に進出した欧州のスタートアップは、資金を調達できたとしても人材確保に困難を窮めた。優れたエンジニアは米国の会社が引き抜いてしまうのだ。それもそのはず、同国では毎日のようにさまざまなイベントが行われ、会場でネットワーキングする文化がある。そこで面白い会社に出会い、ポジションも報酬もよければ揺らいでしまうのも当然だろう。欧州では見慣れない採用スタイルに戸惑ったのも無理はない。

 投資額も異なる。「2000年前後、シリーズA(出資の初期ステージ)のスタートアップの相場は、欧州で1億円、米国は5億円だった(Truffle Venture Capitalパートナー、マーク・ビヴェンズ氏)」というから驚きだ。

優先順位は決して高くなかった日本

 米国のやり方はハードルが高い――欧州のスタートアップは再びフィールドを変える決意をする。マーケットの大きい中国を意識するが、米国同様に商慣行などは合わない。東南アジアもビジネスチャンスはあるが、起業家より投資家が多い。南米国はスペインやポルトガルの元植民地でもあり、欧州の文化も定着していることから相性はいいだろう。だが、急速なインフレ低下や企業破綻が相次ぎ見送りに――こうして紆余曲折の末に行き着いた先の1つが日本だ。

 きっかけは「クリテオ」というフランスのアドテック企業が米国の次の参入先として日本を選んだことにある。例えば、メルカリが初期の市場として米国の次に「ルクセンブルク」に注目したと仮定してほしい──そのくらいのインパクト(重要視されていない国だった)と思っていただけるといいだろう。

 マーク氏いわく、これがフランスで話題となって少しずつ日本に興味を持つ企業が現れ、進出も増えてきたという。最近では、スウェーデン発・音楽ストリーミングサービスを提供する「Spotify」のフランス版であり、高品質をうたう「Deezer HiFi.」が「この分野ではっきりしたリーダーが生まれる前に」と、Spotifyの進出から遅れること1年3カ月後の12年12月に日本上陸を果たしている。

フランスのスタートアップが日本人を歓迎する理由

 フランス政府と日本政府は国際交流を目的に、18歳以上30歳以下を対象とした有効期間1年間の「ワーキングホリデービザ」を発給している。これに目をつけたフランスのスタートアップは日本人を自分の会社に呼び寄せ、ローカライズのために翻訳やマーケティングなどを手伝ってもらっているという。

 さらに日本が欧州から注目されるようになった背景に、「ブロックチェーンや仮想通貨をはじめとする『Deep Tech』を広げるための環境が整っている点が大きい」とマーク氏。

 日本は、

1.いい意味でも悪い意味でも、仮想通貨への投資額が世界1位

2.政府の民間への介入方針がはっきりしている。銀行口座が突然凍結するようなこともない

3.大手企業各社が研究開発投資に積極的であり、企業レベルでDeep Techに前向きに取り組んでいる

 特に3は話題に事欠かない。例えばブロックチェーンでいうと、17年4月、ビックカメラがビットコインでの支払いに対応し、同年12月、GMOグループが18年2月分より給与の一部をビットコインで受け取れる制度を導入すると発表した。

仮想通貨

 さらに18年1月、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFJ)が、開発中の1円=1コインの仮想通貨「MUFGコイン」を発行すべく、取引所を開設したことも大きなインパクトをもたらしている。信用問題に関わるもあえてイノベーションにチャレンジするあたり、日本企業の前向きな態度が表れているという。

 「欧州は真逆で、ちょっとでも仮想通貨のにおいがすると銀行口座が凍結となり、関わることを避ける考え方が主流だ」と、マーク氏は苦笑いする。

日本人の特性がイノベーションに生かされる

 AIも日本と好相性だ。深刻な人手不足の解消や働き方改革を推し進めるためにロボティクスやヘルスケアのマーケットはさらに大きくなると見られている。加えて、AIに学習させるためのエンジニアによるデータの整理・記録の仕方が他国に比べてしっかりしているため、質のいいデータ取得につながるといわれている。日本人は細かいと言われがちだが、こうしたイノベーションとは相性がよく、効果を発揮するようだ。

 「オープンイノベーションの歴史は欧州が古いが、最近は成長率、投資額、意欲で日本も負けていない。リスクを取りたがらないやり方はお手本とは言い難いが、明らかにこの数年で風向きが変わった。スタートアップの技術を通じて大手企業の売り上げを拡大させるマーケットとしても期待できる」とマーク氏。

 新しいマーケットとして日本が注目され始めた頃、前述のように仮想通貨やAIといったDeep Techへの企業の前向きな取り組みが拍車を掛け、欧州のスタートアップから「自分たちのビジネスが飛躍できる環境が整っている」と熱い視線を向けられている日本。技術による豊かな社会をどのように実現させるかは、こうした具体的なビジネストレンドやアイデアなどを踏まえてになるだろう。この考え方をアドライトでは「Industry 5.0」と呼び、啓発していく予定だ。

 日本はオープンイノベーションに向いていないのではない、生かし方が分からなかっただけ。外から言われて気付くこともあるということだ。

photo

著者:アドライト(企業情報

イノベーション創造を支援するコンサルティング会社。大手企業や中堅企業のオープンイノベーションをマッチングから事業化まで一気通貫で並走しながらサポート。新規事業開発の支援や国内外スタートアップの育成、主要国立・私立大学との産学連携プロジェクトも豊富。現在、ベンチャー事業創生ファンド設立の準備を進めている。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.