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IoTが実現した「魔法大学」の仕組み INIADが目指すIoT時代の教育とは?坂村健氏に聞くIoTの過去・現在・未来(2/2 ページ)

» 2018年03月27日 14時00分 公開
[今西絢美ITmedia]
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AIが普及する時代にプログラミングは必須

 校舎内を見ていると、大教室は1つも見当たらない。そう、INIADには大教室がないのだ。同校が最も重視するのは、少人数教育である。講義動画の配信や小テストなどをネットで配信し、学生は小テストを受けたうえで講義に参加する。そして、教員は学生の理解状況を把握しながらフォローアップやディスカッションを中心とした授業を行う。

photo 小人数だからこそ、教員が1人1人の生徒の様子を気にかけながら受業が行える。また、出席カードを配って出席を取ることはなく、校舎内に設置された複数台のカメラで各生徒がどこにいるのかを認識している

 1年生では、最初にJavaScriptとPythonを学ぶ。例えば照明のオン/オフをINIAD内のIoT機器を制御するためのオープンAPI「INIAD API」で操作するといった具合だ。

 この段階を終えたら、次はマッシュアップを学ぶ。たとえば、Googleの人工知能APIの音声認識とINIAD APIをマッシュアップして、声で照明の操作を行う。次の段階では、スマホでどのように制御するのかを考えさせる。このように、実地経験を積み重ねながら、生徒たちはプログラミングを学んでいくのである。

photo スマホで教室の照明の操作を行うだけでなく、視覚障害者のために音声で現在の状態を知らせるというプログラミングも生まれている

 INIADでは、一年生はプログラミングとコミュニケーション学のみを履修し、一般教養は4年生で学ぶそうだ。大教室で完全に受け身な一般教養の授業をうとうとしながら履修していた記憶のある筆者からすれば、この方針には非常に驚かされた。どうしてINIADがここまでプログラミングに重きを置いた授業を重視するのかを坂村氏に聞いてみると、納得の返答があった。

 「人工知能が普及する時代ということは、“人工知能を使うのも簡単な時代”ということです。しかし、INIADではプログラマーを育てるのではなく、自分でなにかできる人を育てようとしています。自分の問題を解決するにはプログラムが必要です。AIは昔と違ってアルゴリズムを考える必要はなくなりましたが、何をやりたいのかというのはプログラミングしないといけません。問題をロジカルに解決するには、プログラミングが欠かせないのです」

 課題に対してロジカルに物事を追求する姿勢こそ、東洋大学の創立者である井上円了が追い求めたものだった。

妖怪学と哲学と科学

 1858年生まれの井上円了は、20歳で東京大学を卒業したエリートだ。29歳で「私立哲学館」という私塾を作り、「全ての学問の基礎は哲学である」という考えのもと、大学を作ろうとしていた。

 そんな真面目な井上円了だが、実は「妖怪学」の創設者でもある。明治の日本は文明開化の影響で、妖怪や幽霊、火の玉などの怪奇現象が大ブーム。これらの怪奇現象を、科学的方法論で分析し、原理を解明することで社会不安を収めようとしたのだった。

 「哲学」と「妖怪学」は相反するもののように感じるが、実は意外と近いところにある哲学は人生や世界の根本原理を考える学問で、そのためにこの世のあらゆることを論理的に明かす必要がある。この姿勢は妖怪学にも共通しており、哲学を一般的に知ってもらうためにも妖怪学が役立っていた。

 そして、この研究姿勢は現代の「科学」にも通じるものがある。坂村氏は井上円了のこの考え方がINIADのある東洋大学の創立者であることに深いつながりを感じたと語る。

社会人の再教育プロジェクトの重要性

 現在、INIADは1学年に400名おり、多くの大学に比べると非常に多様性のある生徒が集まっている。全体の20%が海外からの留学生で、女性の割合も全体の35%ほどを占めているそうだ。「留学生も女性も半数ぐらいになるのが理想」だと坂村氏は話すが、2017年開設でまだ就職実績のない学部でありながら、2年目の2018年には昨年の倍の受験者がいたというのだから、その日は近いだろう。

 そんなINIADでは、現在「Open IoT教育」というプロジェクトを進めている。一度社会に出た人を再教育しようというもので、「再教育」というキーワードは後年の井上円了が掲げたテーマでもある。共同申請校には、東京大学、横浜国立大学、名古屋大学、名城大学が名を連ねる。これらの連携校で半年間のコースが3科目開講され、大学院レベルの講義が受講できる。

 IoT時代を生き抜ける人材を育てることに余念のないINIADからは今後も目が離せない。これからのIoTが私たちの暮らしをどのように変えていくのか、IoT化に欠かせない「APIのオープン化」を企業がどう進めるのかについても、大きな課題が残されている。

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