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» 2018年10月01日 07時00分 公開

ブロックチェーンは「国境」を打ち破る IBMが乗り出す「信頼の基盤作り」とは (1/2)

[星暁雄,ITmedia]

 米IBMが現在注力する分野の一つが、ブロックチェーンだ。ブロックチェーンといえば仮想通貨を支える技術として知られるが、IBMが注力するのは、多くの仮想通貨に用いられる「パブリックブロックチェーン」ではなく、複数企業が1つの台帳を信頼できる形で共有する「コンソーシアム型」(※注1)と呼ばれるブロックチェーン技術だ。

 同社はコンソーシアム型ブロックチェーン技術を軸として、業界横断型の情報共有プラットフォームの整備を進めている。中には、年間数十億ドルのコスト削減効果を見込めるプラットフォームもあるという。

国際貿易へ業界プラットフォームを適用することで年間数十億ドルのコスト削減を見込めるとしている

 IBMによれば、4分野の業界プラットフォームが既に商用段階にある。そのうち、国際貿易と食品トレーサビリティの2分野は、本格的な物流分野でのコンソーシアム型ブロックチェーン活用事例といえる。先に挙げた「年間数十億ドルの効果」を見込むのも、国際貿易の業界プラットフォームだ。

 本記事では、日本アイ・ビー・エム(以下日本IBM)への取材に基づき、物流分野でのコンソーシアム型ブロックチェーン活用の全体像を探っていく。

注1:コンソーシアム型ブロックチェーン技術

コンソーシアム型ブロックチェーン技術とは、企業コンソーシアムのような団体の会員専用のネットワークにより台帳を共有する技術を指す。コンソーシアム型ブロックチェーン技術の目的は、電子署名、合意形成アルゴリズム、ハッシュチェーンの組み合わせにより、「誰が、いつ、何を記録したのか」を偽造や改ざんができない信頼できる情報として記録し、共有することである。

意味が近い用語として、企業情報システムのような閉じた(プライベートな)ネットワークで活用する「プライベート型ブロックチェーン技術」、許可(パーミッション)されたノード(コンピュータ)だけが参加できる「パーミッション型ブロックチェーン技術」、技術の性質に注目した「分散型台帳技術(distributed ledger technology、DLT)」がある。

こうした複数の用語の違いについて、現時点で専門家による定義が定められているわけではない。今回の記事では、コンソーシアム型ブロックチェーン技術という用語を使っている。理由は、記事で取り上げる利用形態が企業コンソーシアムに特化していること、そして仮想通貨のインフラであるパブリックブロックチェーンと明示的に区別するためである。


関連プロジェクトの規模感

 まず、下の図を見て頂きたい。これは2018年8月現在にIBMが取り組むコンソーシアム型ブロックチェーン関連プロジェクトの規模感を示している。

「IBMにおけるブロックチェーン・プロジェクトの進行状況」(資料は日本IBMより提供)
高田充康 事業部長

 日本IBMでブロックチェーン関連事業を推進する高田充康 事業部長(インダストリー・ソリューションズ事業開発 ブロックチェーン・ソリューションズ事業部)は「IBMが商用として展開する業界プラットフォームは4種類。本番稼働しているブロックチェーンネットワークは70件以上。進行中のプロジェクトは500件以上だ」と、ブロックチェーン事業が本格化しつつある現状を説明する。

 業界プラットフォームとは、世界的に広がる企業コンソーシアムが情報共有に利用する基盤という意味だ。IBMは、(1)食の信頼(プラットフォーム名:IBM Food Trust)、(2)貿易金融(we.trade)、(3)世界貿易(TradeLens)、(4)グローバル決済(IBM World Wire)――以上4種類の業界プラットフォームを商用として展開する。今回の記事では(1)「食の信頼」と(3)「世界貿易」について見ていく。採用する技術は、どちらも「Hyperledger Fabric」だ(※注2)。

 各プラットフォームは、例えば次の図のように相互に連携して貿易産業を支援する。

実運用サービスの準備が進む国際貿易ネットワーク

注2:Hyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)

Hyperledger Fabricは、IBMをはじめ大手ITベンダーが推進するコンソーシアム型ブロックチェーン技術である。Linux Foundationが進めるDLT(分散型台帳技術)関連のオープンソースプロジェクトであるHyperledgerプロジェクトが開発するソフトウェア技術の一つという位置付けとなる。

今回の記事では同技術を「コンソーシアム型ブロックチェーン技術」の一つとして説明している。一方、Hyperledger Fabricの説明として「DLT」の用語を使う例もある。Hyperledgerプロジェクトの公式サイトでは、Hyperledger Fabricを“DLT, Smart Contract Engine”と分類する一方、説明文の中では“blockchain framework”だと説明している。また日本IBMの説明資料でも「ブロックチェーン」の用語を使っている。

現段階では、DLTと呼んでもブロックチェーン技術と呼んでも間違いではない。


世界の貿易をデジタル化する「TradeLens」

 2018年8月、IBMと海運大手のデンマークMaerskは共同で「TradeLens」という新たなプラットフォームを発表した

 「国際貿易は、中間に介在するステークホルダー(利害関係者)の数が非常に多い。また紙の書類のやりとりも多い。このような分野は、コンソーシアム型ブロックチェーンの適用に向いている」と、高田事業部長は「紙の書類」に課題を見いだす。

 海上輸送に占める事務処理コストの比率は非常に高いという。IBMは「輸送コストの20%は紙の書類による業務」としている。また同社は「アボカドの輸送には30社が関わり、100人以上が関与し、200以上の情報のやりとりがある」と手続きの煩雑さを指摘する。この領域をデジタル化できれば、大きなコスト削減とビジネスの効率とスピードの向上が期待できる。コンソーシアム型ブロックチェーン技術は、そのような取り組みに向く技術というわけだ。

ペーパーレス化によるコスト削減や効率向上をブロックチェーンで実現

 TradeLensの役割は、海上コンテナ輸送で発生する全ての出荷イベントと関係書類を、リアルタイムに共有することである。港湾での積み替えを含めて、国境を越えて運ぶ貨物の状況を追跡することが可能となっている。この基本機能を提供するプラットフォーム上に、将来はサードパーティー・アプリケーションを載せていく。例えば保険、金融サービスなどだ。

 業界の抱える課題は明白だが、なぜ今までこれを解決するシステムがなかったのか。高田事業部長は次のように説明する。

 「国際貿易の分野では、従来はこのような業界プラットフォームがなかった。中央集権的に情報をさばく機関が存在する訳ではなかった。一つの理由は、貿易では複数の国をまたがることがある。国境を越えるクロスボーダーで使える枠組みが求められていた」(同氏)

 国際貿易は、ステークホルダー(利害関係者)が多いだけでなく、複数の国の国境を越えて物流があり、情報のやりとりがある。それが、特定の国や企業が主導する形で情報を集約する取り組みが登場しにくかった理由だ。

 では、なぜコンソーシアム型ブロックチェーン技術によって、今までできなかった取り組みが可能となったのか。一つの理由は、コンソーシアム型ブロックチェーン技術とは、もともと多くのステークホルダー(利害関係者)が1つの台帳を共有するための技術として作られている訳だが、そのことが多くの企業や政府機関に認識されてきたことがある。逆説的なものの言い方になるが、「コンソーシアム型ブロックチェーン技術があったから、国境を越えたコンソーシアムを作りやすくなった」という側面があるのだ。

 「情報共有の取り組みは、強力なリーダーシップが必要だが、一方でリーダーが強力であるほど、競合他社がそこに参加しにくい構図がある。TradeLensはMaerskとIBMが推進しているが、競合する各社が合意できるような内容が必要だった。緩やかかつ分散的に情報を共有するコンソーシアム型ブロックチェーン技術は、情報共有を推進するきっかけとなった」(高田事業部長)

 TradeLensには、港湾の操業をしているターミナル・オペレーター企業約20社が参加する。米国に加えてオランダ、ペルー、シンガポールなど各国の政府当局・税関も参加する。

港湾の操業をしているターミナル・オペレーター企業や、各国の政府当局・税関がTradeLensに参加する

 高田事業部長によれば、18年8月時点でもTradeLensには1日100万件のイベントが流れているという。本格的な商用利用の一歩手前の段階とのことだ。

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