社内のAIはどこで動かす? 日本HPの実践者に聞く、クラウドとローカルの使い分け

 生成AIを試した企業が、次に向き合うのは業務への活用をどう広げるかという課題だ。社外に出せないデータを扱いたい。部門で繰り返す処理を自動化したい。利用料金や接続環境を気にせず使いたい。用途が具体的になるほど、モデルの能力に加えて「どこで動かすか」が導入の判断に関わってくる。

 日本HPでAI/データサイエンス市場開発担当部長を務める勝谷裕史氏は、顧客のAI導入を支援するとともに、自身もデータサイエンティストとしてAIを使う。同社のパートナー向けカンファレンス「HP Partner Communication 2026」(2026年7月16日、東京)での講演と、個別インタビューから、クラウドとローカルを使い分ける実践的な判断軸を探った。

日本HPでAI/データサイエンス市場開発担当部長を務める勝谷裕史氏

人手不足に応える「AI社員」をどう提案するか

 講演で勝谷氏が販売パートナーに呼びかけたのは、AIを顧客の業務に組み込む提案への転換だった。背景にあるのは人手不足だ。同氏は、採用だけでは埋めにくい労働力を補う選択肢として、人と協働する「AI社員」を提示した。

 講演ではAI社員の役割として3点を示した。議事録や資料作成を助ける「AI秘書」、営業や設計など部門の仕事を支援する「AI専門社員」、業務の分析や可視化を通じて意思決定を助ける「AI管理職」だ。AIにどんな仕事を任せるかを、役割ごとに具体化したものだ。

「今後は人とAIが協働して成果を出す仕組みを提案」(画像提供:日本HP)

 導入の進め方も、チャットでの活用、社内データの活用、業務の自動化という3段階に整理した。議事録や要約から始め、社内文書を参照する仕組みを作り、さらにAIエージェントを使った見積もり支援や提案業務の自動化へと進める考え方だ。

 その進め方に合わせ、AI PCと活用トレーニング、ワークステーションとローカルで動く大規模言語モデル(LLM)の検証、複数GPUによる部門向けの実行環境とエージェント連携を組み合わせる案も示した。用途と導入段階に応じた支援を、パートナー自身がメニュー化してはどうかという呼び掛けだ。

 販売の現場自体も変わるとみる。顧客側のAIエージェントが商談前に製品を比較して候補を絞る「Agentic Commerce」が、購買の流れを変える可能性にも言及した。価格比較や仕様説明をAIが担う一方、人の営業には顧客の課題発見や意思決定の支援が求められると整理している。

 こうした仕事を担うAIを、実際にはどこで動かすのか。個別インタビューでは、その判断と運用の実情を聞いた。

業務への活用を広げる実行環境の選び方

 勝谷氏が相談を受ける企業では、すでに何らかのAIを導入しているケースが多いという。関心は「もっと活用できないのか」、そのために何をすればよいかに移っている。

 例えば、Microsoft 365などを通じてAI活用を試し、さらに高度な処理をしたいという相談がある。一方、サーバを用意するほどの性能は必要ないが、日々のバッチ処理にAIを使いたいという要望もある。こうした企業が、業務を動かす基盤としてワークステーションを検討するようになっている。

 従来、ワークステーションを使ってきた3DやCADの分野に加え、AI用途での引き合いも増えている。製造業や自動車関連、フィジカルAIやロボットに取り組む企業など、相談の裾野は広がっているという。

 では、勝谷氏自身はどう使い分けているのか。公開されている情報を調べる場合はクラウドのAIを使う。一方、「業務内で外に出せないデータに関しては、もう完全にローカルで使っている」と説明する。まず、処理したいデータをどこまで外部に出せるのかが分岐点になる。

 ただし、PC上でアプリを操作することと、AIの推論をそのPC内で行うことは区別しておく必要がある。例えば米OpenAIのAIアプリ「Codex」も、AI推論はクラウド側で行うが、自動化やコーディングなどはPC上で動作している。導入する側は、操作画面のある場所だけでなく、実際の処理先とデータの送信先を確かめる必要がある。

 ローカル環境では、オープンソースのAIエージェント「OpenClaw」を使う試みも進めている。ただ、自身の環境では処理が止まるといった課題もあったという。Codexを選ぶ場面もあるといい、完全なローカル環境への移行には慎重だ。

 「ローカル100%に固執してしまうと逆に時間がかかってしまい、生産性が下がる可能性があるのは事実です。ローカル100%を目的にせず、課題解決による生産性向上を目的にすることが重要です。現時点ではまだAIに任せたい業務がローカルとクラウドのどちらに適しているか、皆さんいろいろと試行錯誤されています」

 ローカルで扱いたいデータがあることと、あらゆる仕事をローカルのAIに任せられることは別の問題だ。任せる業務で必要な処理をこなせるか、実際に試しながら配置を決めることになる。

個人で試すマシンと部門で使う基盤

 ローカルを選んだ後も、必要な機器は使い方によって変わる。勝谷氏が最近重用しているのが、小型のAI開発機「HP ZGX Nano G1n AI Station」だ。これは米NVIDIA「DGX Spark」のHP版と思ってもらえればいい。

講演の中でも「HP ZGX Nano G1n AI Station」を手に取って紹介していた

 勝谷氏自身も、顧客の要望を実現できるか確かめるために、手元のAI機器で事前検証を行っているという。こうした小型機には、開発した環境を持ち運べる利点がある。実際に機器を工場のラインに持ち込み、その場で試す企業の事例もあるという。

 同氏が用途として挙げるのは、研究開発や社員一人での利用だ。予算に制約があり、まず生成AIを動かしてみたいという場合にも小型機が選ばれる。一方、特定部署の業務を複数人で回すなら、より大きな構成のワークステーションが検討対象になる。

 一人の検証で動いたことが、そのまま部門全体で快適に使えることを意味するわけではない。どの処理を何人が使い、どれほどの待ち時間を許容するのか。構成を決めるには、モデル名に加えて利用の規模も具体化しておく必要がある。

 機器の置き場所も変わる。勝谷氏によると、利用者のそばに置くのが基本だが、台数が増えてスペースが足りなくなれば、サーバルームに置くケースがある。ローカルAIの導入には、機器を買うだけでなく、設置場所や管理方法を決める作業も伴う。

 AIエージェントの登場によってハードウェアの選び方も変化すると勝谷氏は指摘する。計画、推論、ツールの実行、結果の確認を繰り返す処理では、GPUに加え、メインメモリ、SSD、CPUも重要になる。いずれかが不足すれば、そこが処理全体のボトルネックになるという。

「AIエージェント時代のハードウェア選定」(画像提供:日本HP)

コストと継続性を同じ条件で比べられるか

 手元に実行環境を持つ理由として、勝谷氏が重視するのが継続性だ。「クラウドだと止められたらおしまいですよ」(勝谷氏)

 顧客からは、企業ネットワークのプロキシの問題でクラウドAIにつながらなくなるという声も聞くという。料金体系の変更を受け、利用を絞らざるを得なくなったケースもある。

 トークンコストを抑えるために、GPUを搭載したワークステーションを複数人で共有する顧客もいるという。一方、勝谷氏は「超短期的なコスト」を優先するなら、クラウドを使うことも正解だと話す。どちらを選ぶかは「企業判断次第」という。

 ここで、導入側が比較する条件をそろえる必要がある。クラウドの月額料金と機器の購入価格だけでは、業務に必要な費用は見えない。ローカル側には初期投資のほか、電力、保守、運用の負担もある。クラウド側も、契約条件や利用量によって費用と使える範囲が変わる。

 求める処理を同じ品質と頻度で実行できるか。利用人数や期間をどの程度見通せるか。サービスやネットワークの都合で止まった際、どの業務に影響するか。価格差に加え、仕事を継続する条件を比較することが、実行環境を選ぶ判断材料になる。

AIを使うための業務設計

 実行環境を用意しても、それだけでは業務に定着しない。勝谷氏は、自身のAI活用について、指示した仕事をAIが進めても、権限に関わる操作では自分の承認待ちになると話す。忙しくて確認できなければ、処理はそこで止まる。

 「完全に私がボトルネックだな」(同)

 機器だけでなく、人の判断もボトルネックになる。誰がどの段階で承認するかまで含めて、業務を設計する必要がある。

 人が担う運用には、承認に加え、導入時の知識を引き継ぐ仕事もある。勝谷氏は「パートナーにはPCの稼働だけでなく、使っているLLMや、そのモデルを選んだ理由まで把握していてほしい」と話す。担当者が変わっても、選定の経緯を引き継げることが重要になる。

 PoC(概念実証)で止まった取り組みについても、なぜそうなったのかを蓄積し、次の失敗を防ぐ助言ができることに価値があるという。具体的には、課題を捉える「理解力」、適したAIを選ぶ「目利き力」、導入から業務での活用まで支援する「伴走力」を挙げた。導入企業から見れば、機器とともに支援先を選ぶ際の観点になる。

 勝谷氏は生成AIを車に例える。高性能なスポーツカーを選ぶ場面もあれば、日常の足として軽自動車を選ぶ場面もある。AIと、それを動かす基盤も、同じように目的に合わせて選ぶという説明だ。

「生成AIは車のように目的に応じて選ぶ」(画像提供:日本HP)

 社内のAIをどこで動かすかを決めるには、扱うデータ、任せる処理、使う人数、費用、運用体制を具体的にしていく必要がある。最初の機器やサービスの選定から、その選定理由を残し、業務の変化に応じて見直せる状態をつくるところまでが、導入担当者の仕事になりそうだ。

印刷する
SNSでシェア
SpecialPR

この記事の著者

井上輝一
井上輝一

2016年3月からITmediaにジョイン。ITmedia Mobile、PC USER、LifeStyle、ヘルスケアで編集・執筆を兼務。2017年4月からITmedia NEWSでの兼務も開始。2019年4月にNEWS専属となる。スマートフォンやPCといったガジェット系の他、理系(神経科学)のバックグラウンドを生かして科学系のネタや、量子コンピュータ、ブロックチェーン、AIなど多岐に渡って取材している。

関連記事

こんなメディアも見られています

ITmedia AI+に関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。

メールマガジンを配信中
メールマガジンを配信中

国内外の業界動向、AIやクラウドなどの最新技術、キャリア情報など今知りたい情報をまとめてお届けします。

いますぐご登録

よく見られているカテゴリー

アクセスランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

SpecialPR

ITmedia AI+ SNS

X @itm_aiplusをフォロー

インフォメーション

ITmedia AI+をフォロー

あなたにおすすめの記事PR