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コンテンツという「言葉」の限界西正(2/2 ページ)

» 2005年03月04日 14時07分 公開
[西正,ITmedia]
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 そう考えてみると、ソフトそのものを、常にマスメディアのソフトなのか、あるいはミドルメディアのソフトなのかと区分けして見ていくより、新しい産業が生まれてきた段階で、マスメディアにおける重要なソフトであったものが、必ずしもそうではなくなってくるというケースが出てくることにも着目していく必要があるのかもしれない。

 時代の変わり様の中で見ると、昨年はプロ野球の巨人戦が5%にまで落ち込んだ時期があった。アナログ時代の40年間、巨人戦はドル箱のソフトだったわけである。ところが多メディア化が進むことによって、ミドルメディア的なものが存在感を増してくると、他のスポーツについても視聴機会が増えてくることから、面白いスポーツは巨人戦だけではないとか、プロ野球だけではないということになってくるのである。巨人戦の視聴率低迷は、ソフトの多様化が着実に進んでいることを物語っている。

 ソフト産業の活性化という視点に戻ると、マスメディアが支配的な位置づけにある中で、一般の視聴者の目線に届かなかったものが、ブロードバンドも含めたミドルメディアが出てくることで、視聴者側に色々な選択肢が生まれてくる。つまりミドルメディアが発展していくことによって、ソフト産業が活性化していく契機になると考えられるのだ。

マスメディアとミドルメディアの住み分け

 マスメディアに相応しいソフトも変わっていくことになる。ただし、決して消えてしまうわけではなく、常に存在し続けるのであるが、かつてのように、60%、70%という視聴率を取るようなソフトは、テレビの歴史を見ても分かるように減ってきている。今まで、民放の番組で20%を取ったらヒット番組と言われていたのが、今は15%以上くらいをヒット番組というように変わってきている。

 米国のように、ケーブルテレビが早くから発達し、多チャンネル放送の認知度も高い国では、地上波の番組で10%を取ることは非常に難しくなっている。そうした流れを見るにつけ、マスメディア向けのソフトは、消えはしないものの、「右へならえ」といった番組は確実に減っていくと思われる。

 マスメディアとミドルメディアという対比で考えてみると、決定的に違うのはビジネスモデルであることが分かる。放送について言えば、マスメディアは量で勝負している。ゆえに視聴率が非常に問題となる。ただし、マスメディアの場合は、特に民放で顕著なのだが、あくまでも優良顧客は“視聴者”ではなく“広告主”である。従って、広告主が一番喜ぶような番組を制作することが重視される。

 広告主が喜ぶマスメディアの効用は何かと言うと、大量宣伝を行うことによって、衝動買いを促すとか、商品の認知率が上がることである。そういう状況の中で考えると、マスメディアの影響を強く受ける年齢層として、いわゆるF1層やM1層という若い年齢層をターゲットとした展開が行われることになるのも当然であろう。

 一方、5%とか6%しか視聴率が取れないような番組はどうなるのかというと、有料であってもそれを見たいと望む人たちに支えられていくことになる。従って、無料広告放送がマスメディアであるとすれば、有料であっても、ユーザー自らの意思で望んで見るものがミドルメディアという形になっていくのである。

無駄金を惜しまない戦略

 最近のソフト論の中で気になるのは、「損をしてはいけない」という発想が非常に強いことである。事業計画を立てると、収支目標が明示されるようだ。ソフトというものは逆に、無駄金を使うことを大事にする発想がないと、本当に儲かる作品や、良い作品は生まれてこない。

 地上波のゴールデンの番組の中で、高視聴率を取っている番組の一つに「トリビアの泉」があるが、つい2年くらい前までは深夜の2時にやっていた番組である。また、かの三谷幸喜氏も、深夜帯の枠の中で「やっぱり猫が好き」という30分の番組を書いて、そこから人気脚本家へと登っていった経緯にある。

 実際問題として、モノづくりの制作者を一人前に育て上げるには、多大なコストを要する。テレビドラマのディレクターを一人前にするまでに会社がその本人にかけるお金は10億円とすら言われている。人材を育てていく上では、無駄金を惜しまない覚悟を持っていなければならないのだ。

 ハードの世界では、巨額の投資を行う会社は多く見られるが、テレビの制作プロダクションであるとか、映画のマイナーなプロダクションであるとか、そういうところに積極的に投資をしたり出資をしたりして、バックアップしているというケースは非常に少ない。

 そういう状況の中で、どうして日本ではソフトが足りないのかと問われても、そういう部分に対しての投資に目が向かずに、インフラ部分にばかり目が行ってしまったからだと答えざるを得ないだろう。やはりソフトの世界は、職人とか巧(たくみ)などと言われるような人材を継続して育てていくことが、まず最優先なのではないだろうか。

 どちらかと言うと、5年、10年かけてでも回収できるような作品を作る人間を育てるという環境は、今の日本の場合には非常に少なく、刹那(せつな)的に回収できるような作品を作る人間ばかりを一生懸命育てている。それは逆に言うと、将来に向けて大きな危険になってしまう問題であるとの危惧も持たざるを得ない。

 まずは、「コンテンツ」という言葉を使わないところから、本当の価値あるソフト制作の活性化が進んでいくのではなかろうか。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「モバイル放送の挑戦」(インターフィールド)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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