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【新連載】レコメンデーションの虚実(1)〜認知限界をどう乗り越えるのかソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)

» 2007年09月11日 12時30分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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検索エンジンの限界

 だがWebサイトがインフレーションを起こし、サイト数が膨大になってくると、人間の手でWebを分類して表示するディレクトリはとうてい作業が追いつかなくなってくる。ディレクトリの中身と、実体としてのWebサイトの総体との間にミスマッチが生じてきてしまったのだ。

 このミスマッチを救ったのが、実のところGoogleだった。今さら説明するまでもないページランクなどのテクノロジーを投入し、膨大な数のWebサイトから必要とされる情報を的確に抽出し、利用者の前に検索結果としてすっきりとかつ的確に提示してみせたのだった。だがさらに時代が下り、サイトの数がさらに増え、利用者の裾野も広がり、利用者個人個人によって求める情報が異なるようになってくると、検索エンジン的な「最大公約数レコメンデーション」には徐々に不満が出てくるようになる。

 どのような不満かといえば、「Googleは、わたし1人のためには最適化されていないじゃないか」という不満だ。しばらく前、旧知の新聞記者とこんな会話を交わしたことがある。彼は中南米の取材歴が長い元特派員で、記者としては非常に優秀だが、コンピュータのリテラシーは低い。検索エンジンもあまり使い慣れていないという。

 新聞記者「このまえGoogleで『メキシコ』と検索したら、ツアーとか格安航空券の情報ばかりが検索結果に出てくるんだよね。あれは使えないなあ」

 私「Googleに何を期待していたの?」

 新聞記者「オレの知りたいのはメキシコの政界の情報だったんだよね。ツアー情報なんか今さら知る必要はない」

 私「だってそんなのを知りたい人は少数派だよ」

 新聞記者「だったらオレ向けに、オレの欲しい情報を提示してくれるようになればいいのに」

 私「だいたいさ、メキシコの政界の情報を知りたいんだったら、『メキシコ 政治』とか『メキシコ 政界』で検索すればよかったのに。スキルが低すぎるんじゃない?」


 確かに、彼の検索スキルはお粗末だったといえる。しかし一方で、インターネット利用者の裾野が広がってくる中で、利用者側にスキルを求めるだけでは問題は解決できなくなってきているのも事実だ。そんな状況を横目に、Amazonのレコメンデーションシステムやソーシャルブックマークなど、検索エンジン以外にもレコメンデーションに利用できるさまざまなアーキテクチャが開発され、検索エンジンを補完するかたちで情報のオーバーロードを解消するサービスが数多く生まれてきている。そうしたアーキテクチャを使いこなし、どのようにすれば情報をすっきりとシンプルに取り込み、自分の中で体系化できるのかというところが、今やインターネットの情報空間における最大のテーマとなっていると言ってもいい。

レコメンデーションをめぐる現状

 さて、このような背景を前提としてレコメンデーションを考えてみよう。広義のレコメンデーションを「どこから影響を受けてお勧めするのか」という切り口で分類すると、以下のようになる。

(1)最大公約数の人々からの影響 検索エンジン、ポータルサイト

(2)あなたの過去の履歴からの影響 協調フィルタリング、コンテンツフィルタリング、行動ターゲティング、パーソナライズド検索

(3)周囲の人々からの影響 ソーシャルブックマーク、ブログ検索、SNSのクチコミ


 今のところ具体的なレコメンデーションサービスとして実現しているのは、この程度だ。しかしほかにも可能性はある。例えばあなたが、ある朝「バス」というキーワードで検索したときの行動要因を考えてみよう。(1)の最大公約数的レコメンデーションであれば、多くの人々が「バス」という言葉に求めている最大公約数的結果を表示する。GoogleやYahoo!の検索エンジンであれば、乗り物のバスのURLが最優先だ。

 しかしあなたが乗り物のバスはあまり好きではなく、そもそも自宅周辺にはバス路線も存在せず、バスについて過去に調べたことがほとんどなかったとする。逆に趣味がバスフィッシングで、休みのたびにブラックバスを釣りに行き、ネットでも盛んに釣り情報を調べ、フィッシンググッズを大量に購入していたとすれば、(2)のようなレコメンデーションエンジンでは、当然のように魚のバス関連の情報が優先的に表示されることになる。

 しかしこれも、しょせんは過去の履歴でしかない。確かにあなたは釣りが趣味で、バスには乗らないかもしれないが、今朝「バス」という言葉で検索した理由は、ほかにあったのかもしれない。たとえばあなたの奥さんが、「ねえ、昨日お風呂用品をネットで買っておいてって頼んだでしょう? やってくれた?」と催促したのかもしれない。それであなたは不承不承、パソコンに座ってバス用品について調べ始めたのかもしれない。あるいは誰かのブログや知人のミクシィ日記を読んでいて、素敵なお風呂用品を紹介しているのを見て、急に欲しくなったのかもしれない。これは(3)の周囲の人々――つまりソーシャルによる影響だ。もしあなたがこのソーシャルの影響でお風呂用品を買ったとすれば、それは見事にバイラルマーケティングが成立していたことになる。もちろんこれも、レコメンデーションの1つである。

 さらに言えば、これだけではない。

(4)マスメディアからの影響

(5)心理的な衝動


 例えばその日の朝、テレビのワイドショーを見ていたら、「バスで行く初秋の房総半島ぶらり旅」という特集をしていて、急にバス旅行に行きたくなった。それで「バス」を調べたのかもしれない。あるいは朝ふと目が覚めて、急に仕事も何もかもが嫌になり、それで急にバスで旅に出たくなったのかもしれない。

 人間の行動には、さまざまな要因がある。その要因をすべて考慮に入れ、個人の属性や心理、行動履歴、外界からの影響のすべてをマイニングして最適なお勧めを提示するのが、レコメンデーションの最終形態だ。とはいえ、ここに到達するまでにはプライバシーの問題や技術的な制約、ビジネス的な限界などさまざまな問題もあり、そう簡単に実現できるわけではない。

 次回からは、レコメンデーションを取り巻く現状について、さらに詳しく見ていこうと思う。

関連キーワード

検索エンジン | Google | Web2.0 | リテラシー


佐々木俊尚氏のプロフィール

ジャーナリスト。主な著書に『フラット革命』(講談社)『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)『次世代ウェブ グーグルの次のモデル』(光文社新書)など。インターネットビジネスの将来可能性を検討した『ネット未来地図 20の論点』(仮題、文春新書)を10月に刊行予定。連絡先はhttp://www.pressa.jp/


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