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レコメンデーションの虚実(3)〜顧客属性はなぜ追い求められなかったのかソーシャルメディア セカンドステージ(1/2 ページ)

» 2007年09月25日 16時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]

「顧客の属性」を読み取る方法

 連載前回で、協調フィルタリングには顧客同士の行動の類似性を見ているだけで、“顧客の属性を見ていない”という問題があるということを書いた。例えば、妻にプレゼントするために夫が女性用化粧品を購入すると、その後しばらくは女性用化粧品をさかんに勧められるような現象が起きてしまうというようなことを挙げた。そしてこうした顧客の属性を見ていないという問題は、コンテンツフィルタリングでも協調フィルタリングでもカバーできないということも書いた。

 「モノを買う」という行動を解析してみよう。バラバラに分解すれば、次の3つに分けることができる。

・商品の属性(その商品がどのような分野の商品で、どのような名前を持ち、どのような特徴があるのか)

・顧客の属性(顧客の性別、住居地、年齢、好みなど)

・商品と顧客のむすびつき履歴(どの顧客がどの商品を過去に購入したのかという履歴)


 このうち最初の「商品の属性」をうまく読み取ることができる技術は、コンテンツベースのフィルタリング(コンテンツフィルタリング)。最後の「商品と顧客の結びつき履歴」を分析できるのは、協調フィルタリングだ。そして2番目の「顧客の属性」についてはどのような技術が使われているのかといえば、レコメンデーションの分野では先端的な試みはまだあまり現れていない。しかしレコメンデーション以外の分野にも目を転じれば、行動ターゲティングがある。

 行動ターゲティング広告は、昨年ごろから日本のインターネット広告業界でも急に盛り上がってきた。顧客がどのようなWebサイトを見たり、どのようなキーワードで検索したかといった履歴をすべて蓄積しておいて、その内容に合わせて顧客の興味や関心がありそうな広告を配信するという広告である。

イラスト

 例えばスイミングが趣味で、でも平日はビジネスパーソンとして忙しく働いている女性、A子さんを考えてみよう。Amazonはレコメンデーションに行動ターゲティングは採用していないので、A子さんが過去にビジネス書を継続して購入していたとすれば、当然のように別のビジネス書をお勧めとして表示する。商品と顧客のむすびつき履歴を見る協調フィルタリングや、商品と商品の類似性に注目するコンテンツフィルタリングでは、Aさんにスイミング関連の本やスイムスーツをお勧めする理由は何もない。そもそもAmazon.co.jp上の履歴には、スイミング関係の購買履歴は何も残っていないからだ。

 でもひょっとしたらAさんはこの日は休日で、いつものようにオフィスからではなく、自宅からAmazon.co.jpにアクセスしていたのかもしれない。そんなことはサイトの側からは認識するのはほとんど無理だが(IPアドレスからたどって……というようなプライバシーに抵触しそうなやっかいなことでもしない限り)、しかし今日が特別な日であることを認識する方法はひとつある。行動ターゲティングである。

行動ターゲティングの仕組みとアドウェアの失敗

 例えばA子さんはAmazonのサイトを訪れる前に、楽天市場でスイムスーツを購入し、さらにその前には検索エンジンで「世界水泳」と検索し、メルボルンで春に開かれた世界水泳選手権の情報を読んでいたとする。もしこの行動履歴をAmazonの側が知っていれば、「いつもこのA子さんはビジネス書を買うけど、今日はなんだか違うぞ。水泳のサイトを読んで、その後水泳のグッズを購入してからAmazon.co.jpに来ている。だったら水泳関連の書籍やスイミンググッズをレコメンデーションしてみよう」と判断し、水泳関連商品をお勧めするということができるのである。

 この行動ターゲティングは、顧客がどのような行動を行ってきたのかという履歴をもとにして、顧客の属性を取得しているわけだ。とはいえ、顧客の属性というのは、顧客の過去の履歴だけでなく、顧客がいまどんな趣味を持っていて、年収がいくらで、何を買おうと考えているのかというダイレクトな情報も必要なはずだ。しかしそうしたダイレクトな情報は、プライバシー順守の要求がきわめて高くなった今、非常に入手しにくくなっている。「個人情報をどんどん入力してください! それに合わせて商品のお勧めをしますよ!」とサイトの側が陽気に呼びかけても、消費者の側は「何をうさんくさいことを言ってるんだ。その手には乗るか」と逆に引いてしまう。

 そこで行動ターゲティングのような、比較的控えめな方法が利用されるようになった。とはいえ、かつてはプライバシーの観点から行動ターゲティングが強く批判されたこともある。最も有名なのは、1990年代末の「アドウェア」批判だ。アドウェアと呼ばれたプログラムは、Webブラウザを通じてこっそりと利用者のパソコンにインストールされる。そして利用者の行動を逐一監視し、勝手に広告を利用者のパソコンに表示させたり、利用者の個人情報を読み取るようなことをした。例えば当時、アドウェア最大手だった米Cydoor社は、Webブラウザ「Opera」や翻訳ソフト「Babylon」など多くの人気ソフトに同梱され、これらのソフトをインストールすると同時にアドウェアもインストールされるような仕組みを作り上げていた。そしていったんインストールされると、大量の広告をパソコンの画面に表示するような行為をした。

 しかしこうしたアドウェアの多くはその後、利用者に嫌われる結果となり、コンピュータウイルスと同じような扱いをされる始末だった。そうして広告手法としては廃れた。その後2000年には、ネット広告大手の米DoubleClickが行動ターゲティングを実施しようとして、米連邦取引委員会(FTC)から調査を受けるという事件も起きている。DoubleClickはデータベース大手企業を買収し、この会社が持っている顧客のデータベースと、自社が持っていたネット利用者の行動履歴を連携させて、的確な広告を配信しようと考えたのだ。しかしこの計画には、プライバシー保護の消費者団体であるEPIC(Electronic Privacy Information Center)が「知らないうちに勝手にデータを収集されている点が根本的におかしく、情報収集が発生する前に利用者の許可を得ていない」と指摘し、FTCに調査を要請して社会問題になったのだった。

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