“最初にした仕事”がその後の仕事人生を決めた――女性3人が語る

新卒で選んだ会社や入社後最初にした仕事は、良くも悪くもその後の人生を決定する――グロービス・マネジメント・バンクの岡島悦子代表取締役ら自分のキャリアを築いた女性3人が、それぞれの基礎となった入社直後の経験を語った。

» 2007年04月03日 12時14分 公開
[吉田有子ITmedia]

 4月は新入社員を迎える季節だ。新卒で就職したとき、最初にした仕事は何だっただろうか。新卒で選んだ会社や入社後最初にした仕事は、良くも悪くもその後の人生を決定する。4月2日、ロフトワークが開催したイベント「女性の多様なワーキングスタイル」で女性3人が語った。

 パネルディスカションでは経営層のヘッドハンティングを行うグロービス・マネジメント・バンクの岡島悦子代表取締役、和菓子の製造販売「銀座あけぼの」を展開する曙の細野佳代社長、ECサイトのコンサルティングなどを行うスタイルビズの村山らむね代表取締役の3人が就職活動や最初に仕事に就いた頃の経験などを話した。

現在は1人で働いていても、大企業で経験したことが自分の原点

曙の細野佳代さん

 和菓子店「銀座あけぼの」を運営する曙は、戦後の混乱期に創業した。「日本に夜明けをもたらしたい」という気持ちが名前に込められているという。曙社長の細野さんは「大学卒業後、花嫁修業のつもりで、父の経営する曙にコネで就職しました」と話す。

 しかし、入社初日に仕事観が一変する出来事があった。まずは同社の小さな工場で和菓子を作ることになったのだが、そこでの先輩の働きぶりに驚いたという。「その工場のスタッフの3分の2は障害のある人だった。中卒や高卒のため自分より年下の先輩もいたが、仕事ぶりは実にきびきびして素早く、とても真似のできないものだった」と振り返る。そこで仕事の面白さに目覚めたという。


グロービス・マネジメント・バンクの岡島悦子さん

 グロービス・マネジメント・バンクの岡島さんは、大学を卒業後、三菱商事に女性総合職の3期生として入社した。同期の総合職女性は岡島さんを含めて2人しかおらず「珍獣であり、天然記念物でした」と笑う。

 最初に配属された部署には、米国でMBAを取得して帰国した人が多かった。その後、ロンドンやニューヨークに駐在したり、三菱商事のグループ企業の経理を担当する部署などで働いた。「会社は、私がコミュニケーション能力は高いが、数字に弱いことを見抜いて、弱いところを鍛えてくれた」と振り返る。そして「最初の就職はとても重要。若い時しか吸収できないことがある。プロとは何かを教えてくれて、『転んでもいいから思い切り走れ』とアドバイスしてくれる大事な先輩が数多くできた」と話す。

 岡島さんは自分の就職活動期を「こんなにたくさんの会社を見られるチャンスは一生に一度しかないと考え、40社で合計100人くらいの人に会った。一流と言われる会社にはその理由があるのではないかと思い、いろいろなところを見た」と振り返る。

 その中で総合商社を選んだ理由は何だったのだろうか。「就職活動期にはまだ、自分が何をやれるか分からなかった。“総合”という名前がつきグローバルな仕事をしていて、いろいろな可能性があると思い、総合商社を選んだ」という。入社できた理由として、岡島さんは「帰国子女なので英語が流暢だったことと、こういうキャラなので男には負けないのではないか、と思われたのでしょう(笑)」と分析する。

 さらに、女性なので「総合職か一般職か」という選択もあった。当時は一般職に進む女性がほとんどだったが、岡島さんは「私は変わり者なので(笑)、人数が少ないことにわくわくした。周りには大変だよと言われながらも総合職を選びました」と話す。


スタイルビズの村山らむねさん

 村山さんは、就職活動期に「モノづくりがしたい」と考えたことと、面接をしたOBに惹かれるものを感じたことで、東芝に入社した。しかし、最初に配属されたのは予想もしなかった原子力関連の部署。それでも仕事は徐々に面白くなってきたのに、3年後、全く別の部署に異動になった。いくらやりたい仕事をやっていても、本人の意思と全く関係なく異動させられてしまうことに“大企業の限界”を感じたという。

 その頃は仕事で忙しかったため、通販で買い物をすることが多かった。そこで1995年に通信販売のレビューをする個人サイト「らむね的通販生活」を立ち上げた。個人サイト草創期の当時、女性が運営するWebサイト自体が珍しかったこともあり、これがきっかけで出版や講演、テレビ出演などの声がかかるようになった。

 現在は独立し、自らが立ち上げた企業、スタイルビズでECサイトのコンサルティングなどを行う。社員は自分1人で、今後も増やす予定はない。それでも「東芝でなにも分からずに原子力の部署に入ったのが私の原点で、現在の自分を作ってくれた。大きな企業にはいろいろな人がいて、様々なことをしていることを学んだことは、すばらしい財産になっている。それから、私に合った夫が見つかったというのも大きいですね(笑)。就職活動中にOBに会って、東芝なら自分に合った人の中で働けそうだと感じた。夫が見つかったのもその延長線上にあったと思う」と話す。

仕事を兼務したら、さまざまな立場から物を見られるようになった

 就職は“花嫁修業”のつもりだったと話す細野さんは「私は深く考えずに会社を選んでしまったが、これはお勧めできない」としながらも、入社1日目で仕事観を変え、その後は与えられた仕事に没頭していった。

 あるとき、今までしていた企画室長に加えて、営業部長を兼任することになった。そうしたら「日頃、企画室長をしていて営業に対して不満に思っていたことが、営業側から見て霧が晴れるように分かった。それまでは自分の部署のことだけを考えて暴走していた」と話す。このことから「1つのことをいろいろな立場から見なければいけないことや“意見を言いやすい人”になることの大切さを学んだ」という。

 現在、細野さんは社長として新入社員を迎える立場だ。「自分の子供のような年齢の新入社員たちに、この会社のビジョンをとにかくつかんで欲しいと思って一生懸命説明した。会社のビジョンと自分のやりたいことが重なっている方がいいだろうと思い、新入社員がどういう人になりたいのか聞いたりした」と話す。

今の流行は“キャリアデザイン”ではなく“キャリアドリフト”

 岡島さんは、入社後最初に配属された部署で周りにMBAホルダーが多く、影響されたこともあり、社内のMBA留学制度に出願した。何度も社内選考に落ちたが、やっとパスして、ハーバード・ビジネス・スクールで学んだ。留学を終えて帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに転職。理由は、当時2000年頃日本企業に元気がなく「日本企業のプレゼンスを上げる支援をしたい」と思ったからだという。現在、グロービス・マネジメント・バンクでは“経営のプロ”人材を増やしたいと思い、ヘッドハンターの仕事をしている。

 岡島さんはヘッドハンティング企業で多くの人のキャリア相談に乗ってきた経験から「キャリアについては、早めに“○○さんは××だ”という分かりやすい“自分ブランド”を作るのがおすすめ。それがあれば女性なら例えば出産する場合でも、会社がわがままを聞いてくれる立場になれる」と話す。資格については「資格を取っただけではダメで、取ったあとの努力が大事。MBAを取れば経営が分かるようになるが、経営ができるようにはならない」という。

 また「今の流行は将来のことまできっちり計画する“キャリアデザイン”ではなく“キャリアドリフト”。周りの人に『私はこういうことをやりたい』とずっと言っていると、その仕事を回してもらえることがある。女神には前髪しかないとよく言われるが、その時にはいろいろ心配せずに飛び込まないといけない。この時には体力が必要」と話す。

 体力の重要性には細野さんも同意する。最近はまっているのは、筋肉を発達させるトレーニング法「加圧トレーニング」だ。「運動によって体力だけでなく心も強くなるし、ストレスが発散できる。最近は23キロくらいのバーベルを上げることができるようになりました(笑)」と話す。

 プライベートでは、38歳で16歳年下の夫と結婚したという岡島さんは「いつも、自分は幸せか? と問いかけるようにしている。他人から見てどうかではなく、自分が幸せかどうかが一番大事」と話す。結婚については「食べていくのは自分だけでもできるので、自分らしくいられる相手を年齢にはこだわらず選んだ。相手にはソウルメイト的なものを感じている」と話した。

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