転職先はすぐ決まった。プロダクトを売るオラクルとは対照的に、ネットを通じてアプリケーションを提供するセールスフォース・ドットコムだ。開発者コミュニティ向けにセールスフォースのプラットフォームでできることを啓発する、という役割を同社では担うことになった。冨田さんが主に手がけたのは「セールスフォースでこんなことができますよ」というデモアプリケーションの企画・開発だった。
「当時のセールスフォースは典型的なWebアプリというか……簡単な操作をするのに何回もクリックしなくてはいけませんでした。画面遷移も多かったので、読み込み時間や操作時間も含めて、単純なタスクをこなすのにも数分かかるということもあったのです」。冨田さんはそのころから勉強し始めたJavaScriptやFlexなどを使い、ユーザーが気持ちよく使えるインタフェースの設計にのめり込んだ。冒頭で紹介したCEOに見初められたデモは、このときに作ったものだ。
セールスフォースで仕事をしているうちに、なんとなく自分のやりたいことが見えてきた。ビジネスの現場で普通の人が簡単にデータを組み合わせて日々の業務を楽々こなせるといいな、と思っていた。「ユーザーが簡単にアプリケーションを作ることができる、『User Generated Programs』といったものに興味があります」
原体験は初めてのパソコンで使ったハイパーカードだった。ハイパーカードのように、プログラミングと意識しなくてもアプリケーションを簡単に作ることができるようになれば……冨田さんが目指す世界はそうしたものだった。
どうしたらそんな世界を実現できるのか――漠然とした思いを抱きつつ、技術系のブログを読み解く日々が続いた。ある日「最速インタフェース研究会」で知られるmala氏のブログを読み、JSONPという技術の存在を知る。この技術を使えばブラウザだけでWebサービスのデータを引っ張ってくることができるという。それまではFlickrやGoogleのAPIを利用するにはサーバ側にプログラムを置く必要がある、と考えられていた。しかしこの技術を使えば、ブラウザとJavaScriptだけでAPIを提供するサイトと通信することができた。
「ブラウザだけでプログラミングが完結すれば、今までよりぐっと簡単に、普通のユーザーがアプリケーションを作れるかも……」。そう思った冨田さんは、早速JSONPを使って簡単なプログラムを書いてみた。確かにサーバ側のプログラムを作ることなく、ブラウザだけでほかのWebにアクセスすることができた。「あとはもう、コツコツと作り続けて……その集合体としてできあがったのがAfrousでした」
Afrousは、さまざまなサイトのAPIからデータを引っ張ってきて組み合わせることができるマッシュアップエディターである。この手のツールだとYahoo! Pipesが有名だが、AfrousではそのエディターがJavaScriptだけで作られている点が特徴だ。そのため、自分のニーズに合わせて簡単に編集できるし、サーバが落ちていて使えなかったり、レスポンスが遅れてやきもきしたり――といったこととも無縁だ。ローカル側ですべての開発が終わるため、冨田さんが目指す世界に少しだけ近づくことができるツールだ。
「ただ、これが本当に人々に求められているものなのか、と問われたら、全く自信がありませんでした」。そう悩んでいた冨田さんが折りよく見つけたのが、政府が推進する未踏ソフトウェア創造事業(IPA)だった。技術者を発掘し、育てる目的のこの事業に自分のアイディアをぶつけてみることにした。セールスフォースでの仕事をこなしながら、自分が何をしたいのか、自分が作ったものが何なのかの資料をまとめて提出した。
審査の結果は見事「採用」だった。その結果、開発支援金をもらうことができたが、何よりうれしかったのは自分が描いている世界が認められたことだった。「自分の目指す方向は間違えてはいない。このまま突き進んでみよう」。これがきっかけとなり、セールスフォースからの独立を選ぶことになった。
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