『日本でいちばん大切にしたい会社』を書いた理由幸せのものさし(2/3 ページ)

» 2010年07月13日 12時52分 公開
[博報堂大学 幸せのものさし編集部,Business Media 誠]

 わたしは人間としてごく自然に“弱者の味方”でありたいと思っていますが、中小企業全部を弱者と思っているわけではないんです。努力もしないで、経営がうまくいかないのを景気のせいにして言い訳をする経営者も非常に多いのは事実。それは真の弱者ではなく偽の弱者です」

 坂本さんが毎日たくさんの中小企業の経営相談に熱心に乗っていることに対して、周囲はほめるどころか次第に煙たく思うようになっていった。一方で、そうした現場からの視点で書いた論文を見た人が「本を書かないか」と言ってくれたり、中小企業庁の委員に推薦してくれたり、といった応援者も現れた。

 「結局、その部署に十数年いて、指導調査課長というポジションまで昇進したところで組織に限界を感じて辞めました。その前からわたしの本や論文を読んで、あちこちの大学から是非うちに来てくれと言われていたので、転職には苦労しませんでした。しかし最初に転職した大学の非常識の数々にも驚きの連続でした。目の前に苦しんでいる人たちがいるのに、大学にこもり理論ばかりこねくりまわして、いったいこの人たち何を考えているんだ、と思うこともたびたびでした。わたしは徹底的に現場派でしたから」

「間違っているのは会社のほうでした」

 大学に仕事の場を移した後も、坂本さんのフィールドワークは続いた。たくさんの企業を訪ね、経営者に話を聞くうちに「本質問題」がはっきりと見えてきた。その知見は坂本さんの数十冊の著作の中で既に繰り返し語られているが、それらの著書全ての発行部数を足し上げても『日本でいちばん大切にしたい会社』の発行部数にはるかに及ばないという。

 「こうした本がこれほど売れて、そしていまだに売れ続けているということ自体が時代の変わり目を意味しているんじゃないでしょうか。少しづつですが、明らかに“会社のものさし”が変わってきていると感じます。

 しかも、もっと驚くのは感想の手紙やファックスが350件も来ているんです。企業の経営者の方から『今まで自分のやってきたことが間違っていなかった、ということを証明してくれてありがとう』とか、逆に『なぜ自分の会社がうまくいかなかったのか、その理由が完璧に理解できました』とか。

 学生さんからも『自分たちの会社の選択の基準が間違ってました。ブランドとか規模とか業績しか考えていなかった』というメールを貰ったり、会社員の人が『自分の生き方、考え方が間違っていると思っていたが、会社の方が間違っているということに気付いて辞表を出しました』というのもあります。こうした反響は今までの著作ではなかったことです」

下請け企業は社外社員です

 その本で反響が多かったのは「企業には5人のパートナーを幸せにする責任がある」という提言の部分だったという。坂本さんの言う“5人のパートナー”とは、(1)まず社員とその家族、(2)次に下請け企業とその家族、(3)顧客、(4)地域社会、(5)最後に株主――の順番の5人である。

 会社の“持ち主”であると言われる株主が最後なのは、株主志向経営が時として人件費カットや人員削減で(1)に挙げた「社員とその家族」の幸せとトレードオフになってしまうからだろう。

 下請け企業や仕入先はむしろ「社外社員」と捉えるべきだ、と坂本さんは指摘する。ユニフォームが違っているだけで、自社のために仕事をしてくれている仲間という点では社員となんら変わりはない。むしろ自分たちがやらないで外に出している危険な作業や割に合わない作業を代行してくれているのだ。

 しかし、実態としてはそのことに感謝をするどころか社員より下に見下したり、ぎりぎりまでコストダウンの努力をしている下請け企業に対して乾いた雑巾をさらに絞るような原価低減の要請をするというケースが日常化している。

 最近、企業の社員に関するモチベーション・マネジメントの理解が進み「自社社員を大切にする」機運は高まっているように思う。しかし、下請け企業に関しては「仲間として大切に」という建前とは裏腹に「さらなる仕入れコストダウン」という冷徹な本音が聞こえてくる。特に昨今の不況と経営業績悪化の中で、どの企業も「原価低減」による利益確保に向かわざるをえない状況にあるから下請け企業とその社員は本当に大変だろう。

変化に気付かない経営者を待つ恐ろしい未来

 著書への反響の大きさを、坂本さんは「これは予兆だ」と分析している。「間違いなくゆっくり着実に、この国での経営に関する理念、裏返せば“働く”ということの『ものさし』が変わってきているということは否めない事実と思います。

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