『日本でいちばん大切にしたい会社』を書いた理由幸せのものさし(3/3 ページ)

» 2010年07月13日 12時52分 公開
[博報堂大学 幸せのものさし編集部,Business Media 誠]
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 わたしたちが期待する変化のスピードには遠く及ばないかもしれないけど。この予兆に気づかない、いいかげんな経営者には恐ろしい未来が待っていると思います。というのは、わたしの本を読んでるのは経営者だけじゃなくて、社員も読んでいるのです。社員が企業を見るものさしを変え始めているんです。いい加減なことをしてると社員が辞めてしまいます、と教えてあげたい。あるいは辞めないまでも生産性が下がります、またいい社員も入ってこなくなりますと。

 年配の方からも手紙をいただきました。『わたしたちは決意しました。いい加減な会社の商品は買いません』と書いてありました。これからは、社員とその家族や下請け企業を大切にしている社会価値が高い会社の商品だけを買うという人が出てくるかもしれません。

 わたしは『豊かさの貧困』と言っているんですが、今まで豊かすぎて、一番大切な心、他者への思いやり……といった最も大切にしなくてはならないことを大切にしてこなかったと思います。逆に考えると、今の時代は非常に厳しい時代だけど、本当に一生懸命生きようとする人々、生きてきた人々にとっては良い時代が始まろうとしているんじゃないでしょうか」と、坂本さんは展望する。

中小企業はどう生き残るべきか

 心優しい経営者にとって、今は大変厳しい時代だ。生活防衛志向が高まる中で、とにかく「安いもの」しか売れない。大半の企業が業績不振で、仕入れ原価や人件費などコストを下げるしか収益を確保するすべがない。結果的に、取引先からコストダウンの要求は強まるばかり。こうした圧力の矢面に立っているのが日本の中小企業だ。

 坂本さんに、“社員とその家族、そして下請け企業とその家族”を大切にする心優しい経営者が、この苦境をどう乗り越えればいいのか、その見通しを聞いてみた。

 「中小企業が絶対にやってはいけないことは価格競争です。しかし下請けとして産業ピラミッドの下層部に組み込まれてしまうと、中々、発注先の値下げ要求に抵抗するのが難しくなります。また、オンリーワンの独創的な技術を持っていない企業も、価格競争に巻込まれます。同じような技術を持っている企業が複数あれば、価格で受注を競うしかないからです」と坂本さんは断言する。

 「唯一の突破口は、下請けのピラミッドから出て、自分たちで市場を創り出すこと。そして直販をすること。製販一体型企業へと転換すること。日本の全ての中小企業が自分のオリジナルな製品や技術を創造・追求することが、この悪循環から脱却する道だと思います」

 もしかすると、従業員、そして下請け企業や家族を大切にすることが、彼らがハッピーな気分で働く社風をつくることにつながり、そしてそれがオンリーワンのアイデアや、技術を開発し磨き上げることにつながるのかもしれない、と気付いた。

 人間の力は無限大。人と人の掛け算でいくらでもパワーが生まれる。坂本さんが『日本でいちばん大切にしたい会社』の中で紹介している会社の中には、日本の隅っこにありながら世界的に有数の技術、製品を持つ会社が多い。社員が生き生きと働くことに、地域差はない。むしろ、地価の高い都市部で事業をするほうが不利になるかもしれないのだ。そうしたユニークな会社の中には、島根県の中村ブレイスのように世界に医療用装具を販売しているメーカーもある。

 「日本の代表的輸出産品が自動車・エレクトロニクス・工作機械といったハイテク産業から、農産品や食料品、さらには福祉・医療機器といった弱者に優しい商品に変わったら、この国ははじめて世界から尊敬される国になると思うんです」と坂本さんはかみしめるように語った。

「会社のものさし」を換えてみたら……? 

 終身雇用や家族主義的経営といった“日本的経営”への評価は時代の中でころころと変わる。ある時期までは、非合理主義の象徴とされていたし、リーマンショック以降、欧米型の金融市場・株主至上主義の限界が語られ、その中で日本的経営が再評価されたりすることもある。

 しかし、今や日本企業も生き残ることに必死で、もはや終身雇用や手厚い福利厚生などは守りきれそうもない、という時代に突入している。こうした中で、立場の弱い下請け企業、孫請け企業にしわ寄せが及び、その企業の従業員やその家族が憂き目を見ている。

 坂本さんの問題提起はまさにその一点にある。会社とは誰のものなのか? 何のために存在しているのか? この問いに対して、坂本さんは会社を測るものさしを「利益(率)や成長性、株主配当」ではなく「従業員(とその家族)に対する誠実さと責任感」に換えるべきだと主張し続けている。

 坂本さんの著書や講演では、高齢者が活き活きと働く会社にスポットライトが当たることが多い。その根底には、日本人の伝統的勤労観があるように思う。例えば、昔は農民に隠居(リタイア)の余裕はなく、死ぬ前の日まで畑に出て働くのが是とされた。これを辛い労苦と見るか、死ぬまで働きどころのある幸せ、と見るか。医療制度や医療技術が整備され、高齢者の平均寿命は伸びたが、病院の待合室以外に居場所を見つけられない高齢者の表情は必ずしも幸せには見えない。

 江戸時代、40代で隠居する習慣のあった商人が、リタイア後は何もせずぶらぶらしていたか、というと実はそうではない。お金を稼ぐ家業は後継に譲って、むしろ町内の世話役をはじめ、公的な立場で社会に貢献するのが隠居の本分であったと言われている。

 

 われわれは、“終身労働”こそが未来の日本を元気にする有効な処方箋だ、という仮説を持っている。もちろん、労働といっても老体に過酷な負荷をかけるようなものではない。その人の体力・知力に応じて、何か社会に役に立つ仕事をする、ということである。地域ボランティア活動なども当然、含まれる。

 人間にとって、他人に感謝されたいという欲求、他人の役に立ちたいという欲求は根源的なものだ。特に、人生の大半を1つの会社あるいは業界で過ごしてきたサラリーマンにとって、リタイア後の生活は意外に寂しいものらしい。会社に匹敵する自分の貢献できる居場所はそう容易には見つからないからだ。

 坂本さんが提唱するように、一生働ける会社が増えることが、これからの日本の高齢化社会の1つの『幸福モデル』になるのではないだろうか。

『幸せの新しいものさし〜一足先に次の豊かさを見つけた11人』とは

『幸せの新しいものさし』 『幸せの新しいものさし』

 今、金融不安や政治混迷の中で、世の中の先行きが見えないことに不安を感じている

人も少なくありません。そのような中、世の中の変化を前向きに捉え、新しい「ものさし(価値観)」を提示する人が現れています。

 本書では、その代表的な人物として、『日本でいちばん大切にしたい会社』著者の坂本光司氏、社会貢献運動「TABLE FOR TWO」の小暮真久氏、男性の育児を提唱する安藤哲也氏など、11人を取材。彼らが提示する「ものさし」から、今後のビジネスやマーケティングに活用できるヒントを探ります。


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